経済・政治・国際

2008年3月23日星期日

書き忘れたこと

 先程帰ってきました。「選挙以外の話はまた後日」と言いながら、もう1つ今回の総統選挙の話を。
 選挙というのは複数の争点があるものだが、今回の総統選挙において馬英九陣営は「経済の立て直し」を訴え、謝長廷陣営は「台湾アイデンティティ」に訴えていた。馬陣営が唱える「経済の立て直し」のための「中台共同市場」のあり方について謝陣営の反論、更にそれに対する馬陣営の反論があったが、概ね馬陣営は経済を集票のアピールに使い、謝陣営は台湾アイデンティティを集票のアピールに使ったと言えよう。
 こうなると、「謝陣営のベースとなっている台湾アイデンティティには同意するし、馬陣営の経済立て直しも支持する」と考える人はどちらかを選ばなければならない。今回は後者を選んだ人達が多かったということだろう。もっとも馬陣営は台湾のあり方については「現状維持」のスタンスであり、台湾の独自性を維持できる考え方を示したことも票の呼び込みの要因になっているだろう。
 当選者が1人・1組の選挙の結果はゼロサムモデルだが、投票した人の考えがゼロサムモデルなわけではない。当選者はこのあたりを意識しながら施政に臨む必要があるだろう。

 ウェブサイトのニュースを見ると、数文字で見出しをつけなければならないのか気になった部分があったので。

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2008年3月22日星期六

馬英九が当選-台湾総統選挙-

 今日投・開票だった台湾総統選挙は、国民党の馬英九・蕭萬長組の勝利となり、民進党の謝長廷・蘇貞昌組の「逆転勝」はならなかった。得票数は765万票余対544万票余で、得票率では58.4%対41.6%となった。220万票の差を「馬英九の圧勝・謝長廷の惨敗」と見るか、当選した候補に4割以上の人が投票しなかったと見るか。
 8年ぶりの国民党政権となり、立法院議員選挙の結果とあわせ民進党支持者にはこの先厳しい4年間となる。謝・蘇組にとっては、得意とする台湾南部でも高雄市や省轄市、つまり「~市」と名がつくところで票が伸びなかったのが厳しい結果につながったと言える。

 陳水扁政権の8年は一貫して少数与党の状況で、当初こそ国民党から行政院長を出すなど「全民政権」を目指したもののその後は議会との対話や働きかけを欠いたか台湾の舵取りがうまくできなかったと言える。李登輝時代以降台湾人意識、台湾ナショナリズムは台湾の人達の間に確実に根付いたと言えるが、陳水扁は公民投票にこだわるなどそれを過度に用いたり経済や商業に持ち込んでしまったと言えよう。
 今回総統ポストも議会の多数も国民党が占めたことで、台湾がある方向に「動き出す」ことが期待される。ただその方向が台湾住民に歓迎されない方向だとたちまち支持を失うだろうし、馬英九や国民党の考えを実現させるために過度に交渉相手に譲歩してもやはり支持を失うだろう。彼が言う「中台共同市場」についても民進党陣営から出された反論に対して農作物の開放はしない、労働者も流入させないことで台湾の利益を守るとしているが、これも含めて交渉過程で議会絶対多数をバックに公約を違えたり住民の意識を読めない振る舞いに出ることは避けるべきであろう。もっとも、変なことになると党内がもたないであろうから一党大勢力の下でも暴走にはならないと考えたい。
 馬英九が言っている大陸との関係改善路線が台湾にとって良い方向につながり、台湾の人々の期待に応えて台湾の安定・発展を実現することができるのか注目したい。

 選挙以外の話はまた後日。

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2007年3月5日星期一

『中国時報』斜め読み

 西班牙旅行記は1回お休み。
 上海の少なからぬ喫茶店では、台湾の新聞を読むことができる。置いてあるのはたいてい『中国時報』か『聯合報』。今日喫茶店で最近の『中国時報』を数日分まとめ読みした中からいくつかピックアップ。
 さて、始めは今日(5日)付けのトップ、台湾の陳水扁総統が「台湾独立は必要」と言ったとされる記事であった。同様の内容を毎日インタラクティブから引用

台湾:陳総統「新たな考え」 独立「必要」、路線問題「ない」  

【台北・庄司哲也】台湾の陳水扁総統は4日、台湾独立や新憲法の必要性を訴える「四つの『必要』、一つの『ない』」と名付けた新たな考えを発表した。陳総統は00年5月の就任演説で、在任中は独立宣言や国号(国名)を変更しないなどとした「四つの『ノー』、一つの『ない』」という方針を表明したが、それに反する内容で、台湾独立を警戒する中国の反発を招きそうだ。
 陳総統が掲げた四つの「必要」は(1)台湾独立(2)台湾名での国連加盟(3)新憲法制定(4)台湾の発展。一つの「ない」は「台湾には左派、右派の路線問題は存在しない」。4日夜に行われた会合での演説の中で発表した。
 ただ発言の真意は、李登輝前総統による批判を意識したものとみられる。李前総統は台湾の週刊誌などで「台湾は統一か独立かを争う無意味な闘争をすべきではない」などと発言し、陳総統の姿勢を批判していた。

毎日新聞 2007年3月5日 東京朝刊

 この発言自体が李登輝が行った陳水扁批判への対抗とされている。『中国時報』でこの陳水扁の発言に触れた記事の下には、李登輝が『陳水扁はスローガンばかり』と述べたとされる記事が掲載されていた。
 (1)の「台湾独立」は、「台湾は既に独立状態にあり今更宣言をする必要もない」という主張に対し、敢えて独立をアピールすべき、というもの。
 (3)であるが、台湾は1949年に国民党政権が台湾に逃れてきてからも「我々こそが全中国を代表する」という建前で、国共内戦中の1947年に施行された憲法をそのまま台湾で適用していた。そのため例えば台湾の立法院や国民代表大会(日本の国会、と思ってください)は「議員を全中国から選出する」ということで江蘇省選出議員やら湖南省選出議員やらというのがいて、彼らは選挙ができないという理由で長いこと居座り「万年議員」となるなど、台湾のみの憲法としては矛盾があった。この矛盾を解決すべく、「自由地区」すなわち現在の台湾の支配圏のみで各種選挙ができるようにしたり行政制度や地方制度を定めたりといった「追加条文」を当初の憲法に追記している、というのが現在台湾で施行されている憲法の状況である。つまり、大陸を想定した『中華民国憲法』に書き足しをして運用している、ということである。こうした「大陸の憲法」から「台湾の憲法」に衣替えしよう、というのが上記の「新憲法制定」である。
 某国の首相は改憲の根拠として「憲法制定の過程」にこだわっているが、台湾では「前提」さえも異なっているのである。

 2000年に陳水扁が総統に就任したときには「4つのノー」、つまり独立を宣言しない、国号を(中華民国から台湾に)変更しない、2国論を憲法に盛り込まない、統一か独立かを問う国民投票はしない、と言っていたのだが、国民投票は前回の総統選時にやってしまった上に「4つの『必要』」に変わってしまった。
 「台湾の将来は台湾人が決める」わけであるが、こと陳水扁に関して言うと「うまくいかない時にスローガンを発する」「スローガン先行」という印象が否めない。今も夫人の裏金疑惑の只中だし、以前書いたが企業名から「中華」を外し「台湾」の文字を冠しようと言い出したところ立法院選挙で少数与党から脱することができなかったりと、うまく立ち回れていない感じがする。こういう発言は死に体でないところや窮地に立ったときでないときに発して欲しかった、という感じがする。
 その陳水扁であるが、不確実な噂をもとに政敵の宋楚瑜が中国共産党の人物と密会したと言ったとかで、裁判で敗訴して300万台湾元の損害賠償と謝罪広告の掲載を命ぜられたと別の日の『中国時報』1面に報じられていた。控訴可能とのことだが、何かとうまくいきませんな。

 もう1つ、先月2月28日は「2・28事件」60周年だった。本省人(台湾にもとからいた人)による、国民党や軍やそれらに属する外省人(大陸から来た人)に対する抗議運動とその弾圧から60年、翌3月1日の『中国時報』3面では台湾の政治学者・呉乃徳の演説全文として「我們還有一件事情沒有做到」という文章が掲載された。2・28事件以来生じた本省人と外相人の溝に代表されるように分裂する社会を、まとまりを持った社会にして行こう(つまりこうした台湾市民の融合が「一件事情還沒做到」)、という内容だと読んだ。

 台湾の新聞は芸能面にもかなりのスペースを割いている。3月4日・5日とも芸能面のトップは日本人。最近韓流が台頭していても日本の芸能ネタはやはり欠かせないようだ。4日は伊東美咲のこと(内容はよく読まなかった)、5日は宇多田光の離婚と飯島愛の芸能界引退の記事がトップだった。宇多田光の写真が掲載されていたが、非常にふくよかになっていたのが印象的であった。いつごろの写真を使ったのだろうか、あるいは写真が横に伸びていたのだろうか。

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2007年2月9日星期五

「中国」改メ「台湾」

 喫茶店で今日(9日)付けの台湾の新聞『中国時報』を読んでいたら、台湾の有名企業で「中国」や「中華」が付いた名前の企業3社が相次いで董事会(取締役会)を開き、社名から「中国」や「中華」を外して「台湾」の文字が入った企業名に変えるとの記事が載っていた。
 記事の中で紹介されていたのは中国石油中国造船中華郵政。いずれも名前だけ見ると大陸の会社かと思ってしまうし、「中国造船」と聞くと日本の瀬戸内にありそうな名前でもある。それぞれ以下の通り改名するらしい。

中国石油→台湾中油
中国造船→台湾造船(と書いてあったと思う。Radio Taiwan Internationalのウェブサイト上の記事では「台湾国際造船」らしい)
中華郵政→台湾郵政

 中国石油の改名は既に同社のウェブサイトで発表されている。「台湾石油」ではなく「台湾中油」として従来の「中国石油」の略称を残したのは何かの意図か。英語名は「CPC Corporation,Taiwan」で、China Petroleum Corp.の略称を残している。ちなみに大陸にある企業で「ペトロチャイナ」と呼ばれている企業は「中国石油天然気股份有限公司」であり、こちらも「中国石油」でありややこしい。
 中国造船改メ台湾造船については、『中国時報』の記事にはこちらも英文名に「CSBC」=China Shipbuilding Corpの略を残すようなことが書いてあった。
 中華郵政は日本の郵便局のようなもので郵便事業も貯金事業もやっている。紙面では「台湾郵政」への改名を「1888年に清朝の台湾巡撫・劉銘伝が設置した『台湾郵政』への回帰」として取り上げていた。

 このように企業の名前から「中国」「中華」を外し「台湾」の名を冠するのは、台湾における「正名運動」の一環とされている。陳水扁がかつて2004年の立法院選挙時にこの正名運動を前面に掲げるなど台湾アイデンティティを強調して選挙に臨んだが、これが急激な「台湾化」であるとして警戒されて結局民進党は少数与党になってしまったことがあった。その後このような形で「正名運動」は実を結びつつある(台北の国際空港の名前も、蒋介石の号を冠した「中正国際空港」から「台湾桃園国際空港」に変更されている)一方、陳水扁はこれを主張した選挙に勝てず少数与党で苦しい立場で任期を過ごさねばならないというのは何ともはや、という感じである。
 この記事を書くきっかけとなった台湾の新聞も『中国時報』。そのうち名前が変わる日は来るのだろうか。

 ところで、この記事を書くために『中国時報』のウェブサイト『中時電子報』を見ようとしたが案の定アクセスできず、プロキシありではその後他のウェブサイトにも飛べなくなってしまった。まったく・・・

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2007年1月26日星期五

兌換券

20070118002 先週の日本滞在時に、成田空港内の銀行で見かけた両替の表示。人民元の両替も可能であることを示す黄色い看板の下に「元以外の紙幣(角・分・兌換券)・コインは取り扱っておりません」との記載がある。兌換券については以前書いたことがあったが今一度。
 今中国におられる方でも兌換券と聞いても何のことかと思われる方もおられることだろう。1990年代中盤より前の中国では外貨管理を徹底しており、中国国内で流通している人民元と外貨との両替を認めていなかった。他方、外国人が中国に来て中国でお金を使うべく両替しようとすると、「兌換券」という人民元とは異なる紙幣を渡されていた。この兌換券のみが外貨への再両替が可能とされていた。両替した兌換券は中国で消費される一方だから、外国人は出国時には両替した以上の外貨を再度手にすることはなく、外貨は中国に蓄積されることになる。つまり中国は外貨を獲得した、ということである。私も90年代前半に中国を旅行した際に、両替して手に入れられるのは兌換券であった。
 従って外国人は兌換券を持ち、中国人は人民元をもっているのが本来の姿である。しかしながら、外国人が人民元を持ったり、中国人が兌換券を持ったりすることにもメリットがあるのである。まず外国人にとってであるが、当時は鉄道料金・航空運賃・観光地の入場料などが外国人料金と中国人料金の二本立てになっており、外国人は高い料金を払わされていた。これら支払いは兌換券で支払うとまず外国人であると見られて外国人料金が適用になるのだが、旅費を安くあげるべく中国人料金が適用されるよう求める人たちもおり、彼らが人民元を欲しがっていたのである。人民元で払って中国人料金にしよう、ということである。
 他方、中国人にとっては兌換券でしか買い物ができない外貨ショップ-当時は中国各地の「友諠商店」と名のつくところがそうであったが-にも兌換券を持つことで買い物をすることができ、他では手に入らない外国製品を入手することが出来たのである。
 このようにお互いにメリットがあるため、兌換券と人民元の闇両替は頻繁に行われていた。「闇」と書いている通りこれは当時違法であり、人民元から外貨への再両替はできないのみならず人民元と兌換券の両替自体が摘発の対象であった。
 また、当時は地方へ行くと兌換券の存在やデザインを知らない人もいて、餃子屋など小さな食堂で兌換券を出すと「これは偽札だろう」といわれて突き返されるケースもあった。
 この兌換券であるが、次第に外貨管理手段として別の紙幣を持つ意味が薄れたのか、1995年に廃止され以後は人民元と外貨の直接交換が可能になり、外国人も両替時に人民元を手にすることになったのである。

 それから12年、いまだに兌換券を持っている人は昔の記念にもっている人くらいであろうから、写真の看板のように今更兌換券を両替したいという人は出てこないだろう。

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2006年12月10日星期日

続・銀聯カード

 以前中国のキャッシュカード『銀聯カード』について記事を書いたところ、「銀聯カードのマークは『某大手旅行会社と勘違いされることもあるアルファベット3文字のクレジットカード会社』のマークに似ている」とご指摘をいただいた

Img_3098  そのときコメントした通り、「『某大手旅行会社と勘違いされることもあるアルファベット3文字の会社』と提携した銀聯カード」がある(写真にしてしまったら伏せ字の必要はないか)。使っている色も並びの違いこそあれ一緒だし、いいのだろうか。もっとも、見たらすぐ「どちらが銀聯カードでどちらが『某大手旅行会社と勘違いされることもあるアルファベット3文字の会社』(くどい?)を表しているか」はすぐわかるが。

 中国銀聯のウェブサイトには銀聯カードのマークの由来は紹介されていないようだが、由来を聞いてみたいものである。

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2006年10月26日星期四

銀聯カード

Img_2764 殆どの中国のキャッシュカードにはこの「銀聯」マークがついている。2002年に「中国銀聯」が銀行間の決済を担う会社として政府主導で設立され、今では中国・香港・マカオの銀行がこの中国銀聯のネットワークに加盟しており、中国で発行されるキャッシュカードの殆どにこの銀聯ブランドが付与されている。これら銀聯マークが付いたキャッシュカードはまとめて「銀聯カード」と呼ばれている。
Img_2765 中国のATM。やはり銀聯マークがついており、銀聯カードが使える、つまりたいていの銀行のカードが使えることがわかる。但し、他行のATMで現金を下ろすときは日本同様に手数料を取られる。





 この銀聯カードであるが、最近は日本でも使える場所が増えてきている。まず「お金を引き出す」キャッシュカードとして、日本の金融機関のATMで銀聯カードを使って日本円の現金を引き出せるところが増えてきている。郵便局・シティバンク銀行・東京三菱UFJ銀行(まだ旧UFJ銀行のATMのみらしいが)などで使うことができる。
Img_2654Img_2655 写真はシティバンク銀行のATM。郵貯や都銀・地銀ネットワーク、PLUSに加えて銀聯カードのマークがしっかり入っている。
 先日の一時帰国時にここで3万5千円(千円札が欲しかったのだ)を引き出したが、後日上海に戻ってから記帳したら、1元=14.74円で換算されていた。現金で両替すると(そもそも日本では人民元を両替できるところは少ないのだが)もっとスプレッドを取られることを考えると銀聯カードで日本円を引き出せるというのはお得でもある。
 次にデビットカードとしてであるが、家電量販店などいろいろなところで使えるようだ。検索サイトで「銀聯カード」と入れて検索すると使える店の名前がぞろぞろと出てくる。以前の帰国時に、ヨドバシカメラで銀聯カード使用可の表示を見つけたことがある。日本人がおもむろに銀聯カードを出したら不思議がられるかもしれないが、機会があれば試してみたい。
 このように、銀聯カードは日本でも使えるようになっている。先述の通り両替するよりはお得だろうし、中国で働いて人民元をがっつり貯め込んだ人もこれで帰国時・帰国後に困ることもなく、日本円で引き出したりデビットカードとして使ったりして人民元を使うことができる。
 10数年前まで兌換券が流通し、つい最近までは旅行ガイド本に「人民元は日本では両替できないので中国の空港で両替しましょう」と書かれ、両替できても多額のスプレッドを求められていたことから考えると、人民元も随分メジャーになったものである。

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2006年6月21日星期三

公職選挙法改正-在外投票-

 ヨンハ大王にかまっていてすっかり忘れていたが、海外在住の日本人の選挙における投票機会を拡大する公職選挙法改正案が、この6月に国会で可決された。産経新聞による記事はこちら

在外投票、選挙区も可能に 公選法改正案成立  海外在住の日本人が現在投票できない衆院小選挙区と参院選挙区の投票を可能にする公選法改正案が7日午前の参院本会議で全会一致により可決、成立した。施行日は「公布後1年以内の政令で定める日」で、来年夏の参院選や次期総選挙には適用され、国内で最後に住民票があった選挙区(移民2世など居住したことのない人は本籍地)で投票できる。

 また今回の改正では、個人情報を保護する観点から、選挙人名簿閲覧の制限を強化した。

 現行の在外投票は、衆参両院の比例代表の投票しかできないが、昨年9月に最高裁が「憲法は国民固有の権利として選挙権を保障している」などの理由で憲法違反の判断を示したことから、政府が法改正を目指していた。

 従来の在外投票は、国政選挙において比例代表のみに投票が可能となっていたが、これについて憲法違反の判決が下されたことから、在外邦人にも選挙区・小選挙区での投票を可能にするべく法改正が行われたものだ。
 今後も在外選挙人登録は必要なようだが、今までは在住3ヵ月後から申請可能だったのだが、これからは在留届を出すときに併せて申請可能になるのだとか。
 2票いただけるのはありがたいことである。ただ、外国に住んでいると選挙公報を見ることもなく(領事館に行けばあるのだろうか。上海に住んでいる全員の選挙区を網羅するのは大変そう)、街中を選挙カーが行き交うこともないので、イメージ投票になりがちな気がする。あるいは、贔屓の政党があったら選挙区もその党の候補に、ということが多くなりそうである(国内でもそうか)。
 ここはやはり以前も書いたとおり在外邦人選挙区を作り、候補者に日本飯屋やスーパー銭湯に来てもらうのが良いか?
 海外に住んでいると国内の政治を距離を置いて眺める立場になりがりで、自分の気に食わない政策が進んだり気に食わない主張が日本でされても腹の立ち具合は日本にいるときより静かである。あと、日本の政治よりも国際政治に目が行きがちになる。まぁ、CCTVのニュースばかり見てそれに影響される、ということはないだろうが。これからは日本の政治・経済に何が起こっているのか、海外からももっと注視する必要があるだろう。
 最近日本からは荒んだニュースが入ってくることが多い。この2票がこうしたことが少なくなるような世の中作りに役立つことを願いたい。あと、選んだ人がその後何をしているかも注視する必要がある。

 これとは別の公職選挙法改正もあり、海外派遣の自衛隊員や南極基地の越冬隊員も選挙への参加が可能になる。こちらは移住ではないので、従来は選挙への投票自体ができなかったのだが今後は国政選挙への参加が(海外派遣自衛隊員の場合は地方選挙へも)認められるという。

 在外選挙人登録をしていない人は、お早めに。

(過去の拙ブログ記事。まとめてご覧になる場合は左側の「経済・政治・国際」カテゴリーから)
在外選挙
衆議院解散-在外投票へ-
在外投票への道(1)(2)(3)(4)(5)(6)
在外選挙権の制限に違憲判決

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2005年9月24日星期六

李敖大陸行

2000年の台湾総統選挙の候補者だった李敖が現在大陸を訪問しており、中国のメディアが大きく取り上げている。(ネタを期待したい方は写真のところまで読み飛ばしてください)

2000年の台湾総統選挙は陳水扁(民進党)・宋楚瑜(無所属)・連戦(国民党)・許信良(無所属)そして李敖(新党)の5人で争われたが、実質的には陳水扁・宋楚瑜・連戦の3有力候補による争いであった。国民党が宋と連に分裂したことで陳水扁の当選を招き、国民党が初めて総統ポストを手放す歴史的な選挙であった。
この選挙に、李敖は新党なる政党から立候補した。この新党、1993年にできた政党であり、大陸との協調を目指す政党であった。当時は中国国民党が李登輝の下で台湾志向、つまり「台湾は中国の一部」との建前を捨てて台湾の独自性を目指す方向にあり、新党はそれに不満を持った外省人(国共内戦時に大陸から渡ってきた人)の受け皿とされていた。事実結党直後の1994年に行われた台北市長選挙では落選ながらも趙少康が国民党候補を上回る得票を得るなどその役目を果たしていた。しかしながら2000年総統選挙の時点ではこれら外省人の受け皿は宋楚瑜(選挙後親民党を結成)になっており、新党は泡沫化していた。その新党がこの総統選挙で担ぎ出したのが作家である李敖であった。
この2000年総統選挙の結果はこちら。結果の部分をアラビア数字に直して貼り付けておく。

(引用はじめ)
陳水扁・呂秀蓮(民進党)4,977,737票/39.30%
宋楚瑜・張昭雄(無所属) 4,664,932票/36.84%
連 戦・蕭万長(国民党)2,925,513票/23.10%
許信良・朱恵良(無所属)79,429票/0.63%
李 敖・馮滬祥(新 党)16,782票/0.13%
(引用終わり)
台湾の総統選挙は正副総統候補が連名で立候補する。上記は全て前者が総統候補、後者が副総統候補である。選挙中に新党が宋楚瑜支持を打ち出したこともあり、李敖は最下位落選。全くの泡沫候補であった。

李敖自身はかつて台湾における国民党独裁に反対して投獄されたり、台湾独立派を支援したとされて軟禁されたりと、苦難の道を歩んだ作家である。中国語繁体字による紹介はこちら(Wikipedia中文版より)。国民党に反対して投獄されながら結局大陸志向の政党から総統選挙に、とはなかなか波乱万丈である。
中国のメディアが大きく取り上げるということは、彼が中国にとって都合のいい人物と見られているということである。総統選挙でも台湾に対する「一国二制度」を主張するなどした姿勢が大陸受けが良いのであろう。

logical_volume_identifier__00hr_12min_14sec写真は、大陸のテレビではないが鳳凰衛視台という衛星放送のニュースから。李敖の大陸訪問をかなり時間を割いて報道している。



logical_volume_identifier__00hr_12min_47sec今日は北京にある彼の母校を訪問したとかで、そのときのインタビュー映像。やはり鳳凰衛視台のニュースから。
2000年の総統選挙では0.13%しか票を集められなかったのだから、泡沫候補の訪中を大々的に取り上げるとはなんともはや、羽柴誠三秀吉氏や高田がん氏の訪中を大々的に取り上げるようなものだ(わかるかな?)・・・と思ったら、その後無所属で台湾の立法院議員(国会議員)になっているとのこと。

logical_volume_identifier__00hr_00min_25secところで、彼は鳳凰衛視台に「李敖有話説」なるレギュラー番組を持っている。写真は鳳凰衛視台によるその番組の宣伝。番組の内容であるが台湾政治の人物を取り上げて徹底的にこき下ろしたりと、あまりお上品ではない(勿論番組の最後に「出演者の主張は放送局とは関係ありません」とテロップが出る)。鳳凰衛視台がニュースで時間を割いて彼の大陸訪問を取り上げるのも、番組を持っているせいか?鳳凰衛視台にはやはり新党の政治家である趙少康(上述)もレギュラー番組を持っていて、新党関係者に手厚いようだ。
この鳳凰衛視台、日本でも見ることができるようである。ここでも「李敖有話説」が紹介されている。日本でどんな感じで見られているのだろうか?
中国のニュースにおける「重要性」の認識例を感じた一件であった。

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2005年9月14日星期三

在外選挙権の制限に違憲判決

在外邦人が衆参両院の選挙で選挙区候補に投票できないのは憲法違反だとして訴えていた裁判の判決が今日最高裁判所大法廷で言い渡された。結果は「違憲」、原告勝訴の判決であった。
毎日インタラクティブによる記事はこちら

在外選挙権訴訟:公選法の選挙権制限は違憲 最高裁判決

 海外に住む日本人の選挙権行使を制限する公職選挙法の規定は憲法に反するとして、5カ国の在外邦人13人が違憲確認と国家賠償を求めた訴訟で、最高裁大法廷(裁判長・町田顕(あきら)最高裁長官)は14日、衆参両院の選挙区での投票を認めていない現行法の規定を違憲と判断した。そのうえで、国会が長年にわたり立法措置を怠った「不作為」も認め、国に1人5000円の慰謝料支払いを命じる判決を言い渡した。立法不作為による賠償を認めた最高裁判決は初めて。

 最高裁が法令を違憲としたのは、02年の郵便法の賠償制限を巡る訴訟の判決以来で7件目。判決に直接的な拘束力はないが、国会は早急な法改正を求められる。

 在外邦人の投票は、98年の法改正で比例代表に限って認められたが、選挙区については「在外邦人への候補者個人の情報伝達は極めて困難」との理由で見送られていた。

 大法廷は「選挙の公正を確保しつつ投票を認めることが不可能か著しく困難でない限り、選挙権行使の制限は違憲」との初判断を示した。そのうえで改正前の公選法を違憲と認め、現行法についても「通信手段の発達で候補者個人の情報を在外邦人に伝えることが著しく困難とは言えず、参院の比例代表では候補者名を書く方法で既に在外投票が行われている」と述べ、違憲と結論付けた。

 ただし、違憲確認の請求そのものは「不適法」として退け、一方で、次回衆院総選挙、参院通常選挙の選挙区で、原告らが選挙権を行使できることは確認した。

 また、84年に国会に提出された改正法案が86年に廃案となった後、96年衆院選まで法改正が行われなかった経緯を「10年以上も必要不可欠な立法を怠った著しい不作為」と認定。「例外的に国家賠償法上違法となる」と判断し、同年衆院選で投票できなかったことに対する慰謝料支払いを命じた。

 津野修裁判官は法改正時の内閣法制次長だったため審理に関与せず、判決は14裁判官のうち11人の多数意見。違憲判断に対して横尾和子、上田豊三両裁判官は「選挙権制限は国会の裁量の範囲内」と反対意見を述べた。国家賠償を認めた点には、泉徳治裁判官が「金銭賠償になじまない」と反対意見を述べた。

 原告側は96年に提訴し1、2審は違憲確認を「抽象的な訴えで不適法」と退けた。賠償請求も「憲法の文言に一義的に反するような場合でない限り、国会議員の立法行為は国家賠償法上は違法とはならない」とした判例に基づき棄却した。【木戸哲】

 ▽原告団の話 海外に住む日本人がすべての国政選挙に投票できるようすみやかに公選法を改正するよう求める。現行の海外投票制度は手続きが煩瑣(はんさ)だが、判決の精神を理解し、誰もが簡単に投票できるよう改善していただきたい。

 ▽久保信保・総務省選挙部長の話 厳粛に受け止めている。判決内容を踏まえ、関係各方面とも協議しつつ、解決方策等を早急に検討して参りたい。

 また、共同通信による配信(産経新聞の記事はこちら)に、判決の要旨がある。

 一、改正前の公選法が、在外選挙を全く認めていなかったのは違憲  一、改正後の公選法が、当分の間、在外選挙を比例代表に限っているのは違憲  一、判決後、最初の衆院総選挙、参院通常選挙において、原告らが選挙区選挙に投票できることを確認する  一、1996年までに国会が立法措置をとらなかったことは、国家賠償法上の違法行為であり、国は精神的苦痛に対する慰謝料支払い義務を負う。慰謝料は1人5000円が相当(共同)

こうした訴訟は「立法の裁量内」として退けられるケースが多い(本件も2審まではそうだった)だけに、違憲と結論付けた今回の判決は画期的であると同時に、意外でもあった。しかも慰謝料支払いまで命じた判決は珍しいのではないか。
この裁判、当初は在外邦人に投票の機会がなかったことに対する訴えであった。この裁判の影響もあり1999年の公職選挙法改正により在外邦人も比例代表選挙に限り投票可能になったが、引き続き内地の日本人が2票持っているのに在外邦人が1票だけというのは違憲として訴えを続けていたものだ。
この間、帰国などにより離脱せざるを得なかった原告もいると聞く。私などは以前「1票でもいただければ充分」と書いたことがあったのだが、こうした裁判による先人の努力により選挙権の拡大を得たことを改めて感じた次第であり、敬意と感謝の意を表したい。

この判決を受けて、おそらく選挙区への投票も可能とすべく法改正が行われるのだろう。おそらくは所属する選挙管理委員会(出国時期により、直前の居住地もしくは本籍地)によってカバーされる選挙区への投票になるのだろう。
しかし、以前も書いたように在外邦人の総数は、2004年9月現在で有権者人口が最も少ない徳島1区の3倍以上いる。在外邦人区を作る、というのも面白いのではないか?選挙戦で候補者がニューヨークのSushi Barで有権者と握手をしたり、上海の古北エリアに選挙カーを走らせて選挙運動を展開したり、青年海外協力隊がいるところをくまなく訪ねる候補者がいたり(戸別訪問はダメでしたっけ)と・・・実現性は低そうだがあったらおもしろそうである。

他方、faminet在外選挙に関するページによると、在外有権者数は推定72万人、そのうち今回選挙までに在外選挙人登録をした人は80,885人(全体の1.2%)、今回の総選挙に実際に投票した人は20,551人(登録者の25.41%)とのことである。登録者数に対する投票者数が意外と低い。今の制度は「登録しないと投票できない」システムであり、積極的に登録した人は選挙に関心があるわけだから投票率は高そうなものだが、意外とそうでもないようである。せっかく登録したのに権利を行使しない人がいるのは残念である。もっとも、郵便投票や在外公館投票がおぼつかない地域にお住まいの方もおられようから、一概に「投票していない」とも言い切れない。
と同時に、現在の在外有権者登録の煩雑さの問題も指摘されている。現在は在外公館の管轄地域に3ヶ月連続して居住した後にその在外公館に出向いて手続きをし、その2〜3ヶ月後に在外選挙人証が送られてきてようやく投票可能になる。極端な話在留届を出せばオッケーにすることも可能だろう(これから出国する人は出国直前の居住地の選挙区になる、と今の制度では決まっているわけなので恣意的に選挙区を選ぶことはない)し、少なくとも登録制度を維持するにしても申請してから2〜3ヶ月もかかるというのは怠惰以外の何物でもない。登録者数が上がらないのはこうした煩雑さに問題がある、ともいわれている。
上海では、総領事館がタウン誌で日頃から登録を呼びかける宣伝をしている。だが、肝心の総務省のウェブサイトが、在外投票を促進する気のないウェブサイトになっていると感じた。(外務省の紹介は、制度がわかるウェブサイトだと感じた)。総領事館には宣伝を続けていただくとともに、総務省の意識改革を期待したい。

いずれにせよ、現行制度では登録が必要だとされているので、今回選挙権を逃して残念な思いをされた方はこれを期に登録をし、次の選挙(参議院選挙は2007年、衆議院は???)を待つといいだろう。

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