日記・コラム・つぶやき

2014年7月20日星期日

Sony Ericsson Mini S51SEのroot化

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 IDEOS→Sony Ericcson Mini S51SEとSIMフリーのAndroid端末を使い続け、去年10月にGoogle Playの直売でNEXUS5が出てからはそれを買って使っていた。ところが、買って半年あまり経ったところでNEXUS5の画面に青色の斑点が2か所現れるようになり、サポートセンターとのやり取りの末交換手続きを取ることになった。
 NEXUS5の交換手続きの間、S51SEを再登板させることにした。S51SEはカードサイズの小ささがユニークで気に入って使っていたのだが、ROM1GB/RAM512MBということでメモリーが小さく、アプリの中にはサイズがだんだん大きくなってきたものもあって容量不足の警告がしばしば出るようになり、新しいアプリを入れられなかったり更新できなかったりするようになっていた。
 Link2SDなるアプリを使えば本来SDカードに移せないアプリをSDカードに移すことができ容量に余裕が出るのだが、このアプリを使うにはroot化、つまり普通はできないシステム領域を操作する権限が必要だ。root化は最悪端末が動かなくなる(所謂文鎮化)などリスクもあり、やるなら自己責任でと言われる作業であり今まではやってこなかったのだが、2年以上前の端末を再度活用するために今更ながらroot化をすることにした。
 日本では携帯電話やスマホは2年契約で購入することが多いから2年で新しいのに買い替える人が多いのかもしれず、それ以上長く使うということはあまり期待されていないのかもしれない。更にスマートフォンは日進月歩で古い製品が陳腐化するのが早いのかもしれないが、長く使いたい人はリスクを負わずに長く使えるようであれば本当は良いのだが…

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2014年3月30日星期日

ジャンボジェット

 子どもの頃、夏休みはほぼ毎年母の実家がある愛媛に遊びに行っていた。当時は日本航空が国際線と国内幹線、全日空が国内幹線と地方路線というように棲み分けが決まっている時代であり、松山に行く時に乗っていたのはいつも全日空の中型機、ボーイング727だった。大きなボーイング747、いわゆるジャンボジェットのことを図鑑や空港で見る度に、あれに乗ってみたいと思ったものだった。
 それが叶ったのは小学校5年生の時、父の故郷である福岡へ行く時だった(それまでも福岡に行くことはあったが、松山から船とか飛行機とかで行っていた。その時乗る飛行機は小型のYS-11)。初めて乗ったジャンボジェットは国際線仕様で、機内誌が日英2か国語だったこともあり何かやはり特別に感じた。2階部分に乗ってみたいと子ども心に思ったものだ。
 その後大人になると飛行機に乗る回数も増え、ジャンボジェットに乗ることも珍しくなくなり、そして松山空港にもジャンボジェットが飛んでくるようになった。
 さらにその後、日本航空からはジャンボジェットは3年前に退役し、そしてこの度明日3月31日を以って全日空のジャンボジェットも退役するのだそうだ。

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 世界の空から完全に引退するというわけではないのだが、そういわれると見に行きたくなる。写真は3月に羽田空港にて。







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 もっとも日本の航空会社では退役するということだが、海外の航空会社のジャンボジェットはまだ飛び続けている。左写真は去年(2013年)12月に台湾へ行った際に、帰りのフライトで乗ったチャイナエアラインのボーイング747。右写真は今年2月に成田空港で見た貨物機。

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 日本航空のジャンボジェット。2008年3月に台湾・桃園空港にて。日本アジア航空が消滅する直前で同社の名前でのフライトだったのだが、機体は日本航空のものだった。

 長きに渡り活躍したジャンボジェット、最初は憧れであり、その後普通に乗るようになったが翻ってよくお世話になった、印象深い飛行機である。

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2013年5月25日星期六

『旅するボール』 - ショートショート フィルムフェスティバル & アジア -

 昨日の午後、「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」の「フットボールプログラム」を観に行った。短編映画をテーマごとにいくつか集めて上映しており、「フットボールプログラム」は文字通りサッカーにまつわる短編映画集である。
 今年はJリーグ20周年ということで、日本からもJリーグを題材にした映画『旅するボール』が上映。Jリーグがある街の話そしてスポーツの持つ力を映画で伝える、ということで舞台はベガルタのホームタウンである仙台。先の震災で寄せ書き入りのサッカーボールを失った父親のために、少女がかつて寄せ書きをしてくれた人たちのもとを訪ね歩きそして、という話。ストーリーは単純で、旅するというほどのない距離ではあるが実はボールが旅したのは人々の心、という感である。

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 作品中で主人公が訪れた仙台・荒浜地区の方々の作によるプレート「小枝ちゃん」を先着順でいただき、さらに抽選に当たってJリーグ20周年記念球まで戴いた。

 『旅するボール』以外の作品では、作品と作品の間に流れる2~3分程度の短いフィルム、サッカーのベンチでの様子をトラムの停留所で、ハーフタイムの様子を地下鉄の中で、というようにサッカー場やサッカーボールなどを使わずに表現した作品が面白かった。短い時間で観客をニヤリとさせたりなるほどと思わせたりするところは、ショートフィルムの醍醐味だろう。

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2013年1月27日星期日

カメラ店に思う

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 銀座を歩いていると、カメラ店をあちこちに見ることができる。写真のカメラ店では店頭にはフィルムを使うカメラ、二眼レフの中古カメラが並んでいる。
 今はデジタルカメラ全盛だが、私も8年前まではフィルムのカメラを使っていた。デジタルカメラはその場で写真の出来がある程度わかるが、フィルムだと現像・プリントしてみるまでどんな写真なのか、見たものが写真にどうあらわされているかわからない。
 デジタルカメラだと失敗しても撮り直すこともできるし、あるいは明暗を変えるなどいろいろな写真を撮ることができる。コンパクトなデジカメや携帯電話でも写真を撮ることができ、写真を撮ることに関する敷居は低くなったと言えよう。
 去年桜の写真を撮るときにカメラを持って出たら、同じマンションに住む人が「亡くなった夫もカメラに凝っていて…」と声をかけてくださった。おそらくその方の頃は、今よりも写真を撮るのにテクニックが必要だったことだろうし、カメラは「写真を撮る」と決めて持ち歩くものだったと思う。「昔は写真は難しかった」というよりも、今は技術が発展してより多くの人がカメラの恩恵にあずかることができる、ということだと思う。また携帯電話やスマートフォンにもカメラがついているということは、「写真を撮る道具」を気軽に、あるいはそれと決めずに持ち歩くことができ、そのおかげで日常で見たものを簡単に写真に残すことができる。
 フィルムのカメラをうまく扱えるような技術を身につけたいという気もあるが、これからも印象に残ったものをデジタル一眼も携帯電話のカメラも使って気軽に写真に収めていくことにしたい。

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2012年11月18日星期日

TOKYO農業祭@秋葉原

Dsc_0655 所用があって秋葉原に行ったところ、駅前に「TOKYO農業祭」と看板が掲げられたテントがあり、全国の農業高校生が自分たちが作ったお米や野菜などの農産品や、ジャムやジュースなどの加工品を展示販売していた。





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 室内会場は秋葉原UDX。大学や農業法人などによる新しい取り組みの紹介も。
 ステージでは農業・漁業に従事する若い人によるシンポジウムが行われていた。企業勤めから家業の養豚業に転じた男性が「新規就農は起業と同じ覚悟が必要」と言えば、「ガールズ農場」の女性が「農業を『担う』という言葉はいかにも負担感があり、そうではなくもっと軽い気持ちで農業に身を投じてものでは」と、正反対の意見があったのが印象的であった。プレゼンターそれぞれ興味を持って見ることができる紹介の映像を持ち寄っていて、引き込まれるプレゼンスがも印象に残った。
 横に座っていた女子高校生が背筋を伸ばしてパネリストの言葉に聞き入り相槌を打っていたのが印象的だった。このイベントのために来た農業高校生なのか、あるいは偶々通りがかったイベントに感じるものがあったのか。

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 「TOKYO農業祭」というだけあって、東京の農産品の展示販売も。戴いたプチトマトは、甘くておいしかった。









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 こちらは、拝島で売られている「ラップチキン南蛮」。チキン南蛮を米粉のロールで包んだもの。







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 イベントには東北での農業や漁業を知ってもらおうとするブースもあった。写真は東北の米を使ったおにぎりを売るブース。






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 この日のパネラーでもある、宮城・雄勝で漁業を営む人たちによる牡蠣汁。









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 世界における日本食を説明した展示も。海外に日本食レストランは3万店あまりありそのうち1万4千店はアメリカにあるのだとか。
 上海や北京にはそれぞれ推定で4~500店あるとも記されている。もっとも、新規開店もある一方で残念ながら閉店というように入れ替わりも激しそうである。

 東京の農業、東北の農業や漁業、世界における日本食、そして農業や漁業を担う若い人の考え方など、いろいろなことを知ることができたTOKYO農業祭であった。

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2012年4月10日星期二

またかつての通学路を歩く

 前回の続き。かつての学舎のグラウンド跡の公園を見たあとは、3年前同様に最寄駅を目指してかつての通学路を歩く。

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 細い道を曲がった先に、霊園の中で花開く桜が見える。









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 夕暮れ時、どうにか日の出ているうちにここの桜を見ることができた。








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 ここの桜の木は、枝振りが立派なものが多いような気がする。長く太い枝に、桜がびっしりと咲いている。








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 もっとも、学生時代には霊園の中を歩いて学校を目指したわけではなく、その脇にある小道を通ったものだ。
 通学路から見た桜は、駅から学校へ向かうときはこんな感じだったろうか。まだ散りゆく花びらも少なく、本当に満開の頃である。夕方でやや暗めなのが残念である。

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 最寄駅。今回歩いて一番驚きだったのは、学生時代には店から湯気が上がり、行列がいつも絶えないまんじゅう屋があり、そしてその姿は3年前も変わることがなかったのだが、今回訪れてみると中で座って食べることができる甘味処になり、店構えが大きく変わったことであろうか。

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かつての学舎の跡に立つ

 この前の日曜日に、花見に出かけたついでにかつての母校の跡地にも足を運んでみた。このあたりに来るのは3年ぶりである。

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 この日は日曜日ということで、かつてお世話になった店はお休みのところばかりであった。






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 以前も書いたが、私の母校は10年くらい前にこの地から別のところへ移転しており、跡地にはマンションと特別養護老人ホームなどの福祉施設が建っているのは、3年前にここに足を運んだ時に既に見ている。
 私の前にマンションの写真を撮っている人がいたが、やはりこの地に縁のある人なのだろうか。




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 3年前はかつてのグラウンドは工事中だったのだが、今は公園になっている。日曜日の夕方、親子で遊んでいる姿が多かった。
 公園の入り口では、少年たち数人がが自転車の曲乗り?のパフォーマンスに励んでいた。
 公園の名前だが、結局学校の跡地であることは冠せられず、地名のあとに「みんなの公園」と続く名前になっていた。



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 この公園にも桜の木があるのだが、新しい公園に植えられた木ということでまだまだ幹や枝が細い。播磨坂や飛鳥山のような立派な木になるには、年月がかかりそうである。



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 それでも、細い枝なりに桜は満開、今が旬であった。









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 この公園で遊ぶ子ども達には、母校がこの地から去ってから生まれた子どもも多いだろうし、この地に学校があったことも知らない子どもも多いだろう。
 それでも、この地で育ちそして育てられて未来へと歩みだすのは、かつての我々と変わらない。この地で育つ子ども達をはじめ、この界隈に長く住む人も含めて縁あってこの地に住む人たちに幸多からんことを願いたい。

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2012年4月8日星期日

飛鳥山公園

 今年の春は、播磨坂に引き続き飛鳥山公園へと足を運び、花見のハシゴをした。

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 昔はなかったレトロ調の路面電車が、飛鳥山公園の前を通り過ぎていく。





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 歩道橋の上から。









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 公園の中は、シートを敷いて酒食を楽しむ人たちでいっぱいである。
 かつて「西ヶ原で学んだ頃」にも飛鳥山公園には行ったことがあるのだが、これほどにごった返した飛鳥山公園を見るのは初めてだと思う。当時は花見にはいかなかったのだろう。




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 公園には、昔の路面電車や蒸気機関車が保存されている。保存、といっても子ども達の格好の遊び場になっていて、蒸気機関車に上ってしまう元気な子どももいた。安全にはくれぐれも気を付けて。


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 人疲れかはたまた酒が入ったせいかシートの上で寝ている大人が目立つのだが、子ども達は遊具のある公園で元気に遊びまわっている。大人と子ども、別世界である。







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 「ふるさと北区」「桜の飛鳥山」。この近くで4年学んだ私にとっては、ずっと気になってそして時折思い出して訪れたくなる「ふるさと」には違いない。

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今年も播磨坂の桜並木へ

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 昨年同様に、今年も播磨坂に満開の桜並木を観に行ってきた。


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 去年はこのようなアーチがあっただろうか。







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 公園や庭園で静かに静かに桜を見るのもいいが、桜の下で賑やかに酒食を楽しんだり、その横を歩いて行ったりするのもはなやいだ気分になってよい。足の不自由な方も少なからず播磨坂に来られていたが、多少の困難は承知で桜を見に行こうという気にさせてくれる、そんな力があるのかもしれない。



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 播磨坂の桜のいいところは、大木でありながら細い枝でも花が咲いていたり、木の幹から直に花が咲いていたりするのを見ることができることである。生命力の強さを見せてもらい、前向きにさせてくれる。


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 桜の木のはるか上を、飛行船がゆったりと通り過ぎていく。









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 今年の桜は、先日の大荒れの日の後に一気に満開になったという感じである。平日は朝から夕方まで、時には夜遅くまで働いている身には満開の桜を見ることができる週末は年に一回しかなく、それだけに美しい桜並木やそれに負けじと競うような草花、そしてそこに集まる人々の姿は毎年それぞれに印象深いものである。

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東北新幹線・春の装い

Dsc_0261_2 昨日仙台から乗った東北新幹線。
 桜の絵柄が車体に描かれている。関東から東北へと春の便りが北上する中を、新幹線が走っていく。

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