旅行・地域

2009年12月27日星期日

2009年・タイ旅行(3)アユタヤのぞうさん

Imgp9242 アユタヤの街を走っていると、象が人を乗せてゆっくりと歩いているところに遭遇した。
 街の中にエレファント・キャンプというところがあり、環境客はそこから象に乗って近くの寺院の前の広場までの数百メートルを往復することができる。
 エレファント・キャンプでは、象によるショーもやっていた。



Imgp9246  車道や歩道を堂々と歩いていくのが驚きである。








Imgp9279  エレファント・キャンプ近くの交差点にて、たなびくタイ国旗の後ろに、歩みを進める象の像がある。
 前を歩む2匹の動物は、何だろう。

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2009年・タイ旅行(2)アユタヤ~ワット・プラ・マハータートとワット・ラーチャブラナ~

Imgp9179Imgp9183  別のことを拙ブログに書いたので間があいてしまったが、先のタイ旅行の様子をまたぼちぼちと紹介。アユタヤで列車を降り、アユタヤの街を見てまわった。
 アユタヤの駅の正面にある道を歩くとすぐに渡し舟の乗り場に行き当たる。渡し舟に乗って対岸へ渡ったところにある店で自転車を借りてアユタヤの街を走ることにした。
Imgp9192  アユタヤの景観地は川に囲まれていて、さらにその中を水路が巡っている。去年訪れたストラスブールに近いだろうか。






Imgp9202  渡し舟の着き場で自転車を借りてまっすぐ走り上写真の水路をまたいだ先に、ワット・プラ・マハータートがある。「ワット」というのは「寺」の意味なので、タイの寺院にはたいてい「ワット・~」という名がついている。





Imgp9217 Imgp9214  アユタヤの街はアユタヤ王朝の首都としてかつて栄え、そのために街のあちこちに寺院があったのだが、18世紀にビルマに侵略されたときにこれらの寺院や仏像はあらかた破壊されたのだとかで、街に今残っているのはそれらの廃墟である。このワット・プラ・マハータートもそうであり、寺院は破壊され仏像は首を落とされている。首を落とされた仏像、中国・西安の乾陵にある首を落とされた使節像を思い起こさせる。
Imgp9208  木の根っこに埋もれた仏像の頭部。これがアユタヤ王朝の悲哀を伝えているのだとか。







Imgp9216  境内を見る際の注意事項。文化財を守るためという面もあるが、仏教や仏像には敬意を払うべしという考えに由来するほうが強いだろう。頭のない仏像の後ろに立ち、自分の頭を被せて写真を撮るのは厳禁。上述の木の根っこに埋もれた仏像と並んで写真を撮るときも、仏像の頭より上に自分の頭があるようなアングルで写真を撮ってはいけない。

Imgp9234  ワット・プラ・マハータートの隣にある、ワット・ラーチャブラナ。煉瓦色が目立つワット・プラ・マハータートと比べて、白い塔が目に眩しい。

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2009年12月24日星期四

"Merry Christmas!" in Bangkok~2009年・タイ旅行(番外編)~

 クリスマス直前ということもあり、今回バンコクの街を歩いていると仏教国のタイにあってもクリスマスの装飾をあちこちで見かけたのでそれをぼちぼちと紹介。
P1010785  バンコク・スワンナブーム空港にて。熱帯のタイで雪だるまである。タイで雪を見る機会は日本に比べて少ないだろうから、雪だるまに対する感じ方もタイの人と日本やヨーロッパの人とでは違うのかもしれない。





P1010877  東南アジア最大級のショッピングモールと言われるサヤーム・パラゴンの入り口にて。
 木を擬人化した飾りつけを見ると、「Mr.ピッチ」を思い出してしまう。あれは芝生の擬人化か。





Imgp9894  大きな建物の中に小さなテナントがたくさん入っているMBKの入り口にて。雪だるまと並んでパンダがクリスマス気分を盛り上げるのに一役買っている。
 ここ以外でもパンダのぬいぐるみを何度か見かけたのだが、タイでもパンダは人気があるのだろうか。




20091223220 20091223222  こちらはタイとは関係なく、都内某所でのイルミネーション。

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2009年12月23日星期三

2009年・タイ旅行(1)バンコク~アユタヤ鉄道の旅

 前に訪れたことのある国の新しい街を訪ねたり前に訪れて気に入った場所を再訪したりすることが多くなったが、初めてある国を訪れるのは一昨年のハンガリー以来である。
 今回初めてタイを訪れた。夜遅くにバンコクに着いたのだが、翌日はバンコクではなく列車でおよそ2時間のアユタヤを訪れることにした。
P1010789  アユタヤ行きの列車は、バンコクの中心にあるフアラムポーン駅から出発する。待合室にはベンチが並べてあり、多くの荷物を持った人などが列車を待っている。待合室を囲むように売店が並んでいるが、食堂はあまりないようである。
 窓口で行き先を告げると次に出発する列車の切符を買うことができた。アユタヤまで15バーツである。


P1010788  ホームにあった、列車の時刻表。「アユタヤ行き」というのはないようで、長距離列車に乗ってその途中で降りることになる。途中駅のホームにある時刻表だとわかるのだが、長距離の普通列車がタイの各地を結んでいる、という感じのようだ。もっとも、小さな駅の時刻表はタイ語だけなのでそこで読むことはできないが…



Imgp9176  フアラムポーン駅のホーム。行き止まりの駅に何本もホームがあるのはヨーロッパ各地のそれに雰囲気が近いが、果物売りの人などが思い思いに店を開いているのが特徴的である。





Imgp9177  今回乗ったのは、ディーゼル機関車に牽かれた客車列車である。







P1010792  今回乗った、3等車の車内の様子。木製の椅子が並んだ車内は略満席で、途中からは立っている人も目立つようになった。冷房は効いていないが、窓から入ってくる風が心地よく特に暑すぎるということは感じなかった。
 車内では氷水の入ったバケツに飲み物を入れて売りに来たり、弁当を売りに来たりする人がいた。




P1010794  フアラムポーンから2駅目で20分くらい停車したのだが、この駅の線路脇には古い客車が並んで置かれていた。何に使われているのだろうか。







P1010798  タイの鉄道の駅は開放的な印象を受ける。広いホームに先述の通り個人でモノを売っている人がいたり、駅と食堂なり広場なりが仕切りなく隣りあっているところもあった。ホームがあるのに、ホームのない線路脇にベンチが置いてあってそこが待合場所になっているところもあった。





P1010804  出発しておよそ1時間、のどかな風景が広がっていたと思ったら突然「IT SQUERE」と書かれた建物が姿を現し、IT関連と思しき図柄が壁に見えたりした。郊外に突然現れた「IT特区」かと思ったがその後タイ航空の建物など企業の活動拠点が次々と姿を見せてきた。そのまま進んでいくとかつての主要空港であるドン・ムアン空港と隣接する駅が見えたので、空港周辺はこうした企業の活動エリアになっているようだ。


P1010812  再び沿線にはのどかな風景が広がる、うまく写真には収められなかったが、田畑の脇にある家は雨季の大雨を防ぐためか古いものは殆ど高床式になっていた。






P1010810  「タマサート大学駅」だが、大学は何処に。
 このあとバンコク市内を街歩きしたときにもタマサート大学を見かけたのだが、このあたりにもあるのだろうか。






P1010814  白い駅舎とホームに並べられた鉢植えの花、そして広いホームが青空に眩しい。








P1010816 P1010817  こちらの駅は、瓦葺きの屋根のある駅舎、そして写真のような白い駅名表示板など、日本の駅とも見えそうな雰囲気である。やはりのどかな感じがする、途中駅である。



P1010818  約2時間かけてアユタヤ駅に到着。列車はこのあとまだまだ長い道程を走っていくが、今回はここで降りてアユタヤの街を散策する。続きは後程。

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2009年12月19日星期六

関西空港

 更新したばかりのパスポートを手に、早速海外へ。今回はたまったマイレージを使った特典航空券での旅行だが、成田からの空席がなく羽田から関西空港乗り継ぎでの出発である。関西空港から海外へ旅立つのは初めてである。
 便数が減る一方の関空便であるが、そのあり方も行政に振り回されている感がある。強力なリーダーシップを持つ知事が伊丹廃止論を打ち上げ続けているが、かと思うと「関空は格安航空会社のハブに」と言い出す人もいる。さらにはその知事も昨今話題になっている普天間異説問題に絡めて関空を移転先になどと言い出している。
 交通アクセスのよい他の空港があるという現状では、遠いことがハンディになりにくい国際線や早朝・深夜便に圧路を見出すのがよさそうな感じがするし、便利な空港を潰して強引に関空を利用させるというのも違う気がする。まぁ、空港を1つにして空いた土地で何かをしてキャッシュを生み出せればということなのかもしれないが…

 関西空港、国内線では過去に利用したことがあるのだがそのときは航空会社がやっていた「当選すれば運賃キャッシュバック」に当選して運賃をタダにしてもらったことがあり、個人的には縁起(?)のいい空港である。そんな縁もある関西空港だが、そもそも空港はその土地に行く必要があるから使うのであってわざわざ行くということにはならないが、さて。

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2009年12月18日星期五

パスポート更新

 先週申請していた新しいパスポートを、今日受け取ってきた。前のパスポートは有効期限が来春までなのでぎりぎりまで使い、場合によっては有効期限切れになってもいいかと思っていたのだが、「ノービザ入国には残存期間6ヶ月が必要、ビザを取るにも残存期間6ヶ月が必要」な国に行くため、有効期限前のパスポート更新が必要になったのである。
 前のパスポートは結構使い倒し、切り替え時には余白が残り3ページになっていた(もっとも、たまに気まぐれで最後のページにスタンプを押されることもありパスポートの後ろのほうにはスタンプが1個や2個といったページが数ページあるが)。最初のうちは台湾の入出国スタンプが多く、その後上海に住むことになり在住ビザや居留許可が貼られるようになりその頃は中国の入出国を示す赤いスタンプが多くなった。その後また日本に住むようになり、観光で訪れた国々の入出国の記録が残っている。
 日本に住んでいると普段パスポートを持ち歩く必要はないのでいざ海外旅行となったときに「パスポートはどこに置いたっけ」ということもあると聞くが、上海に住んでいたときには法的には携帯が義務付けられ、さらに国内線の飛行機に乗るときやホテルに泊まるときにもパスポートの提示が求められたのでパスポートは常に身辺にあった。そうした事情もあり、前のパスポートとは「行動を共にしていた」時期もあるといえる。
 前のパスポートは9年半あまり使ったことになるが、上海に3年住んでいたこともありその約3分の1は日本国外にいたことになる。海外でパスポートを盗まれたり紛失したりという話をよく聞くが、紛失や盗難で在外公館のお世話になることなく更新を迎えたのは幸いである。新しいパスポートも紛失することがないように万全の注意を払いたい。
 大袈裟かもしれないが、前のパスポートには私のここ10年の歩みが記されているともいえる。今日手にした新しいパスポートとどんな歩みをしていくのだろうか、そしてどこで何をするのか、自分自身の将来を楽しみにすることにしたい。

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2009年11月26日星期四

GPSと中国の地図

P1010756 海外旅行に出る時は、日本で使っている携帯電話に加えて海外で使用できる(旅行先で売られている通話やデータ通信が出来るSIMカードを買い、そのSIMカードを挿して使える)携帯電話を持って行くことにしている。現在使っているのはNOKIAのE51という携帯電話なのだが、この携帯電話はいろいろなアプリケーションをインストールして使うことが出来る。その中の1つ、世界中の地図を表示できるGoogle Mapsを使い、携帯電話とGPS(写真右下)を連動させると現在位置を地図上で表示させることが出来る。


Screenshot00341  9月に旅行した煙台でGPSを作動させたときのスクリーンショット(携帯電話の画面)。朝陽街を歩き、北馬路との交差点を曲がって張裕酒文化博物館へ行こうとしているところである。
 道路も結構詳細に表示され、目印となる建物もそこそこに表示されるので、道に詳しくない街を歩くのにも結構使える。
 携帯電話そのものは第3世代(3G)に対応しているも中国移動のプリペイドSIMカードは第2世代のGSM/GPRSなのだが、地図の表示がストレスを感じるほど遅いということはなく、「どっちに曲がったらよいか」など道を確かめるには十分である。
 通信費については出国時にSIMカードを差し替えたら通信履歴が消えてしまったので正確なところはわからないが、青島~煙台とたまにこうしてGoogle Mapsを使って残高の減り方が滞在中約15元だったので、そうべらぼうに高いものでもないと思う(これは中国移動のSIMカードの話で、これを日本の携帯電話会社のローミングでやると通信費がとても高いので注意)。

P1010754  中国で観光地図を買うと、かつては通りやその名前はきちんと書いてあるが縦横がデフォルメされていて東西南北が不正確なものがよく見受けられた。写真はこの前青島で買った地図でこれは割と正確そうだが、'90年代初めに北京で買った地図は縦横が明らかに不自然になっていて、街歩きには使えるが明らかにデフォルメされた地図であった。おそらく国防上の理由からそうなっているのだろう、と当時同学たちと話したものである。
 そしてやはり学生時代、当時発行された『現代用語の基礎知識』にだったか『知恵蔵』か『イミダス』にだったか忘れたが世界の主要都市の地図が付録についていたことがあり、その中に北京の地図が掲載されていた。デフォルメされた地図を見慣れていただけに、当時「これが正確な地図だったら画期的だな」とやはり同学と話をした記憶がある。
 今やPCや携帯電話で世界中の地図が表示されるようになり、上記のように中国の地図も携帯電話で表示ができるようになった。当時のデフォルメされた派手な色使いの地図を片手に歩いていた頃とは、技術面でもそうであるが正確な地図が見られるという情報が丸見えになっているという面との双方で隔世の趣がある。
Screenshot00621  中国ではないが、こちらはソウル・明洞にてGPSを作動させた際のスクリーンショット。表示がハングルなので、韓国語を解さない私にとっては字を追うのに時間がかかり、これだけでは携帯電話やGPSの機能とは別の意味で「ストレスなく道を探す」のは難しい。それでも、ガイドブックや観光公社で貰った地図と見比べて、「今どこにいるか」を把握するには役に立つ。
(注:使ったSIMカードはプリペイドで国際ローミング可能な香港のものです)









Screenshot00551  やはり韓国にて、都羅山駅からDMZツアーに参加したときのもの。さすがにここでは今でも「国防上の理由」があるからか道路は表示されない。青丸とその説明である黄土色の囲み「40公尺以内的您的位置」との中間にある、梯子のような線路表示の先端である「도라산리」と書かれたあたりが都羅山駅(表示はおそらく「都羅山里」だろうから駅名を書いたものではなさそうだが)。
 ちなみに、ソウルの韓国観光公社で貰ったツアー案内にあった、ソウルから北朝鮮の開城(ケソン)を訪れるツアーには持ち物制限があり、ズームレンズなどに加えてGPSも持ち込み不可と書かれていた。街が丸見えになるのを避けたい、というところが未だにあるのだろう。

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2009年11月24日星期二

ソウル・仁寺洞で餃子

P1010710 前回に続いてソウルの食べ物の話。仁寺洞ではメインストリートと交差する細い道がいくつかありそこに食堂が並んでいる。暗くなったので何を食べようかと思いながら歩いていると、店頭で餃子を作って並べている店を見つけた。その餃子であるが、普通に見る餃子に比べてとても大きい。





P1010707  店の中にも餃子が並んでいる。作っている人の姿と比べて大きさが伝わるだろうか。








P1010698  その餃子スープを注文。冷麺を出すときに使う器に餃子が3つ入っていっぱいである。
 韓国で食事をすると「~チゲ」など辛い料理を食することが多いので、こうしたあっさりした料理を食べるのも良いものである。小皿で出てくるキムチやナムル、そしてチャプチェ(春雨の炒め)もおいしかった。これで5,000ウォンなのでお値打ちである。



P1010703  餃子の後ろに写っているのはコーヒースプーンではなく、普通のスプーンである。さすがに1口で食べることはできず、3つに分けて食べるのがちょうど良い感じであった。
 この店「사동면옥」(漢字では「寺同麺屋」)、インターネットで調べるとそこそこ情報があり、KONESTによるこの店の紹介はこちらソウル観光公社のウェブサイトにもこの店の紹介があった。この餃子を使った「餃子鍋」を食べている人も多かったし、チヂミなど他の料理もあるようである。

 「餃子スープ」、メニューには「만두국」と書いてあった。口に出すと「マンドゥトン」となるのだが、「만두」-「マンドゥ」が「饅頭」、「국」-「トン」が「湯」なので、これも日本語と中国語がわかればあぁなるほど、と思える一例であろう(モノは日本の「まんじゅう」や中国の「馒头」とはかなり違うが)。

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2009年11月23日星期一

ソウル・仁寺洞でたい焼き

 今回のソウル滞在は短かったのだが、その中で食べ物の話題を1つ。
Imgp9060  ソウルの中心部にある繁華街、仁寺洞。








Imgp9064 Imgp9075  仁寺洞キルと呼ばれるメインストリートには陶磁器、書道用品など伝統工芸品を売る店が並ぶ。その一方で若い人向けのアクセサリーや小物を店頭に並べて売ってもいたり土産物屋もあったりする。さらには昔のものばかりでなく現代美術にまつわるギャラリーもあったり自分の作品を売っている人もいたりと、ソウルの伝統的な部分と現代的な部分が混じりつつ芸術を感じさせる店並びと言える。
 仁寺洞キルから枝分かれする細い路地には食堂が並び、歩いた後の食事にも困らない。

Imgp9044  その仁寺洞キルで、ポテトフライとともにたい焼きを並べて売っている屋台を見つけた。ソウルでたい焼きを見かけるとは思わなかった。






Imgp9089  仁寺洞のたい焼きは1つ500ウォン。日本でよく見るそれより少し小さく、皮の表面がパリッとしているのが印象に残った。
 写真では屋台で焼きたてのたい焼きがいくつか並んでいるがその後次々と売れていき、なかなか人気のようである。指さしで買ったのでどう呼ばれているかわからなかったのだが…

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2009年11月22日星期日

境港から韓国へ・フェリー「EASTERN DREAM」

 今回の旅では、境港から「EASTERN DREAM」(イースタンドリーム)号というフェリーに乗って韓国・東海(トンへ)港へと向かった。
Imgp8850  この境港と東海を結ぶ航路は今年(2009年)の6月に運航が始まり、7月から定期運航が始まったばかりである。境港と東海、そしてロシアのウラジオストックを結ぶ環日本海航路として売り出している。
 写真は対岸の美保関側から見た、停泊中のEASTERN DREAM号。
 運航会社であるDBSクルーズフェリーは今のところ日本語のウェブサイトを持っておらず(韓国語のウェブサイトはこちら)、運航スケジュールなど日本語の情報は鳥取県のウェブサイトにある特集ページが頼りである。

Imgp8932  フェリーの運航日には境港駅からターミナルへ無料バスが走るので、それに乗って境港国際旅客ターミナルへ。
 平屋建ての建物の中に椅子が並んでいて待合室になっている。
 待合室の脇にある切符売り場で切符を買った。このフェリーは前述の通りDBSクルーズフェリーという韓国の会社によって運航されているのだが、窓口の人も韓国の方のようであった。

Imgp8940  国際航路では国際条約の関係で岸壁を歩いて乗船することができないことが多いのだが、境港ではターミナルが岸壁の前にあるということで出国審査後に岸壁を歩いてタラップへと向かう。





P1010659  前日の夜がサンライズ出雲のノビノビ座席だったので、2日続けて固い床で寝るのは厳しく今回はスタンダードAと呼ばれるベットを利用。8人用の部屋に私も含めて3人の乗客であった。






P1010669  吹き抜けになっている、レリーフやシャンデリアもあるエントランス。








P1010660  船内ではインターネットも利用可能。航海中も利用可能とのことで衛星回線を使っていたらコストが高そうだが、どのような仕組みになっているのだろうか。







P1010661  船内の売店には、ファミリーマートの名が冠せられている。但し韓国のフランチャイズのようである。
 船内の係員に、先程境港の窓口で見かけた方を2名見かけた。船内業務と境港に着いたときの地上業務を兼任しているようで、境港に常駐の人を何人も置いておけないということなのだろう。
 このほか船内にはバイキング形式のレストランがある。私が乗った日は団体客専用になっていたがその代わりに船首にあるバーで同様の食事を食べることができる。
 韓国の会社が運航する船ということで船内ではウォンが主要通貨で、このファミリーマートも使うことができるのはウォンのみである。夕食・朝食の支払いは日本円も可能で、私が乗ったときは夕食が800円、朝食が600円であった。

P1010668  この「EASTERN DREAM」号、元は鹿児島と沖縄を結ぶフェリーであったのを現在の所有者であるDBSクルーズフェリーが買い取ったのだとか。かつては日本のマリックスラインが所有する「クイーンコーラル」という船だったとかで、短い時間外洋を走るという点では共通している。
 船内の表示は殆どハングルになっているが、甲板から船室に入るときの表示にかつての名残を見ることができた。



Imgp8960  釜山と博多や下関を結ぶフェリーのような乗船締切後や下船前の待機時間はなく、19時に出港してから一路東海を目指す。冬の日本海は波が高く、翌朝入った風呂では浴槽のお湯が波打っていて入浴するのが難しいほどであった。
 それでも定刻の午前9時に東海港に到着。東海港でもやはり岸壁を歩いて入国施設へ向かう。
 東海港からはソウルへ行くべく下船後すぐタクシーに乗ってバスターミナルへ向かったので、東海の街は歩いていない。タクシーから見た車窓は黄土色の地面が目立ち、海岸線に鉄条網が掛けられているのを見たり軍事施設と思しき施設の名前を道路案内や壁面に見たりと、緊張感を感じる車窓であった。
 日本の鳥取・島根付近も、韓国の東部海岸沿いもそれぞれ高速列車は走っていないなど交通インフラが他の地域ほどではないのが共通している。その両者を結ぶこのフェリーが物流や観光の大動脈になるのは今のままでは厳しく、他の地域の貨物をこの航路に取り込むべく港から先のサービスの提供も含めてもう1歩踏み込まないと厳しい航路と言える。旅客にしても境港のターミナルで見た人数からすると厳しい状況が窺える。
 それでも両地域の人にとっては互いを結ぶ貴重な航路でありこれを使って街の発展に結び付けたいだろうから、このフェリーもお互いを結ぶ架け橋として継続して運航してほしいものである。

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