中国語

2009年11月15日星期日

韓国で見た漢字

 1970年代までは固有名詞などを漢字で表していた韓国の新聞も今では殆どハングルによる表記になっているなど、韓国では「母国語を表す文字としての」漢字を見る機会は少なくなっている。9月に韓国を旅行した際に街で見かけた漢字はその少なくなった韓国語の漢字表記のほかに、韓国を訪れる中国人・台湾人や日本人の便宜を図るためのものもあり、漢字を解する者としては助けになった。

Imgp8253Imgp8321 鉄道施設や列車では駅名を漢字で表示している。駅は台湾でも中国でも「站」と書くので、これは韓国に残った漢字表記と言えるだろう。写真左は仁川駅にて、右は都羅山へ行く際に乗ったディーゼルカーにて。

P1010473  やはり駅で見た「賣票所」「乘車場」の表記、ハングルの表記をそのまま韓国語化したものではなさそうだが中国や台湾でのそれとも違い微妙である。







Imgp8255  もっとも仁川駅で見た「歡迎光臨」、さすがにこれは中国からやってくる人を当て込んだ表記であろう。







P1010467  仁川港から乗ったバスの車窓にて。銀行の建物に「환전」と書かれており、その下に「換銭」と書かれている。「환전」、口に出すと「ホワンチョン」であり、中国語の読み「Huan4qian2」に通じるものがある。ここでは漢字表記もあるが、これも中国語を解してハングルが読めると意味が類推できる一例であろう。



P1010496  こちらはソウルの韓国観光公社にて。「観光案内」が日本人向け、「旅游咨询」が中国語話者向けか。








P1010497  ソウルの中心部では、道案内に中国語の表記が付されているところもある。「ソウルファイナンスセンター」が「首尔金融中心」と記されている。
 奥に見える緑色の自動車向け道路案内は、ハングルとアルファベットのみの表示である。

 漢字表記が少なくなっているとは言われているが、もともとの韓国語を漢字表記したものに加えて日本語話者や中国語話者向けの漢字表記がそこそこにあり、日本語を解する者としては街を歩く際の助けになるといえる。

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2009年10月4日星期日

星期一=2ª Feira?

 今回のポルトガル旅行では、私はポルトガル語を全く解さないので『旅の指さし会話帳 52 ポルトガル』を鞄に入れておいた。英語で通じるところも多く切羽詰って会話帳を開くということはあまりないし、料理を頼むときは悠長に会話帳を見るわけにもいかず写真なり英訳なり雰囲気なり勢いなり(?)でオーダーしてしまうのだが、それでも駅の窓口で翌日の切符を買いたいときに「明日」という単語を調べて言ってみたり、サッカーを見に行く際に「ソシオ」と「一般」を調べてから切符売り場に行ったり(実際の表示は「一般」を意味するであろう別の単語だったのでそれをローマ字読みして切符を買ったが)と持っていると安心するし、ガイドブック同様にめくってポルトガルの旅への気持ちをかきたてるものである。

 その『旅の指さし会話帳 52 ポルトガル』をめくっていて知ったのだが、ポルトガル語では月曜日のことを「segunda-feira」と言うのだとか。
 「segunda」、セグンダは英語のsecondセカンド、「2番目」という意味かと。中国語では月曜日は「星期一」と「1」が入った表現であらわすので、ポルトガル語の「segunda-feira」は中国語とは1つずれて曜日を表しているといえる。
 以下、火曜日=「星期二」=「terça-feira」から金曜日=「星期五」=「sexta-feira」と並び(ポルトガル語では土曜日「sábado」と日曜日「domingo」は数字を使わない独自の表現)、曜日を表すのに1つずつずらした表現になっている。中国語の「星期一」「星期二」…もそうであるが、同じヨーロッパでもトーマスクックや飛行機の時刻表で曜日を表すときにはやはり月曜日を「1」、火曜日を「2」…と表しているのでポルトガル語の曜日表記を知ってとても驚いた。月曜日が「2番目」、つまり日曜日が(表現にはでてこないが)「1番目」である由来は何なのか知りたいものである。
 中国語話者がポルトガル語を学ぶと曜日の表現で困惑するかもしれないなぁ…と思ったら、既にマカオで両者が共存していますね。

 

 今となってはポルトガル語話者が多いのはブラジルで、日本でポルトガル語を学ぶとその多くは「ブラジルのポルトガル語」なのだそうだ。ポルトガルのそれとは表現などが少なからず異なっており、ブラジルの人に言わせるとポルトガルのポルトガル語は「ポルトガルではこんななの?」「ものすごく変!」(同書p.88)なのだとか。どちらがどうということではなく、年月を経てそれぞれに違う特徴を持ったということだろうか。

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2009年7月6日星期一

スペイン語を学ぶ-外国語を教わる・教えるということ-

 過去にスペインへ何度か旅行したことがあり、拙ブログでも過去に旅行記を書いたことがある。スペイン語については、地下鉄の出口にはsalidaと書いてあるとか案内所はinformationだとか表示を見てごくごくわずかのスペイン語が類推できたり口にできたりするだけなのだが、それよりももう少しスペイン語をわかりたくなり、次に行く機会があればもう少しわかった上で訪れたいと思い、この週末に初心者向けのスペイン語講座を受けてきた。
 土・日の2日間で集中して学ぶ講座で、講師は大学の先生なのだが、スペイン語を学ぶという観点のみならず「語学を教わる、語学を教える」という観点からも得るものが多い講座で、楽しく学ぶことができた。
 限られた時間でスペイン語を教えようとすればいきなり発音なり会話なりから入るのだろうが、今回は受講者1人1人にスペイン語を学ぼうと思った動機やスペイン語圏の人や文化などに触れた経験を聞きだすところから授業が始まったのが意外だった。受講者の話からスペイン語圏のいろいろな話に展開し、興味を高めていくという感じであった。私自身は中南米への関心はあまり高くなかったのだが、その中南米圏の人と触れたことからスペイン語を学ぼうと思った方が多かったのが私にとっては新鮮だった。
 私の場合、中国を旅行したり中国に住んでいた時には、例えば日本の新聞で「中国は『調和の取れた社会』を目指し…」と書かれているときに街のあちこちで「和諧社会」という看板を見つけ「あぁ、こういうことか」とその実体がわかるわけであり、スペイン語でその域に達するのは難しいだろうが言葉を理解することで表面的に見るもの以上のものがわかるかもしれない、というのが動機である。
 講座の内容は自己紹介を中心にした会話が主で、動詞の活用などのスペイン語のきまりごとは最少限に留め「もっと学びたい場合は次の機会で」という感じであった。例文をもとに単語を置き換えていくのが会話ではよくあるが、「あなたは何を飲みますか?」「私は~を飲みます」という会話で、先生は「ワイン」という単語を置き換えの候補になかなかしようとはされなかった。スペインといえばワインもそこそこ有名なので、受講者の1人が「ワインは?」と言うと、先生は「ワインを飲みます、と言うと『赤か白か』聞き返されますね」と仰った。「私はワインを飲みます」だけ教えると、いざ使おうとしたときに「赤ワイン・白ワイン」という言葉を知らないと聞き返されたときわからなくなってしまうということで、当たり前なのだが外国語を教える先生はよく考えておられるなぁ、と感心してしまった。
 スペイン語そのものの他にも、バルセロナ五輪を契機に日本ではスペイン語の学習の機会が増えたり辞書の数が増えたなどここ20年くらいのスペイン語事情や、そのいくつかある辞書の特徴に触れて学び方によってどのような辞書が良いかについてのお話もあった。お話から察するに講師の先生は私と略同世代のようであるが、バルセロナ五輪の頃のスペイン語事情を聞いてその頃の中国語事情を自分ならどう説明しようか、説明できるか、と考えてみたりもした。
 スペイン語の入り口に触れたという感じの今回の講座だったが、スペイン語のみならず「外国語を教わること、外国語を教えること」についていろいろと得るものがある講座だった。もっとも今後私が中国語なり語学なりを教える可能性は低いのだが、既に学んでいる中国語も含めて外国語と触れ、外国語を学ぶに際して参考になることが多かった。中国語を学んだときはフルタイムの学生だったので、(同学ならご存知だろうが)会話・文法・作文・講読それぞれに時間を掛け、特に会話なり文法なりについては反復練習でやりこんでいくという方法で学んでいった。フルタイムではない、仕事など他のことがあり時間が限られたなかで外国語(のみならず新しい知識や情報)に興味をもちまた興味を持たせ、修得していくということについて引き続き考えることにしたい。

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2009年3月15日星期日

孔子学院

 今日の日本経済新聞に、世界の言語についての特集記事が載っていた。内容は自国語の擁護に動く各国の様子について主に触れ、インターネット上での言語状況や「絶滅する言語」にも話が及んでいた。アラブ首長国連合のドバイでは英語に席巻される状況に危機感を抱き公用語がアラビア語であることを閣議で確認し、さらに街の飲食店に英語のメニューだけでなくアラビア語のメニューも備えるよう警告を出したとか、金融用語は英語が当たり前の中でフランスでは政府がフランス語を使うよう通達を出したり、最後の話者が死亡して言語が絶滅したり話者が減少して絶滅の危機にある言語があることを紹介していた。
 その記事の中で、中国語の学習機関「孔子学院」について述べていた。孔子学院は中国政府が中国語の普及を目的として世界各地に設けた中国語教育機関で、中国政府が一定割合の運営費を負担するのだそうだ。記事によると世界81カ国に孔子学院はあるそうで、中国政府の肝入りで中国語の普及に当たっていると言えよう。
 既に中国語学習機関がかなりある日本でも、立命館孔子学院桜美林大学孔子学院など、大学との提携の形で孔子学院が開設されている。桜美林大学孔子学院では1年間集中して中国語を学び、修了すると桜美林大学や上海にある同済大学への編入ができる中国語特別課程を設けている。その他、普通の語学学校やカルチャースクールのように週1回ずつ短期間通う講座が設けられている。
 かつてのスペイン語・ポルトガル語のように植民地にその言語を広めてその地域の公用語としてしまう状況とは違い、学習者が増えたからといって国の公用語が簡単に変わる状況ではない。それでも、その国を理解する人を増やすという意味でその言語の学習者を増やそうとする試みは意味を持つ。中国も、「自分の国に注目してくれる外国人」を増やすことが国益に繋がると考えて「孔子学院」を展開しているのだろう。

 他方、中国の少数民族が使っている言語の中には「絶滅の危機に瀕している」ものもあるだろう。このサイトで「絶滅の危機に瀕する言語」を紹介しているが、台湾の原住民の言語については触れているも中国の少数民族の諸言語は名前が挙がっていない。
 中国の少数民族の言語については、Record China記事で「大半の言語が絶滅の危機」との研究結果があったことが述べられている。モンゴル語のように他国で使われているものは残るだろうし、ウイグル語のように自治区の名に冠せられている民族の言語は話者が多いこともあり残るだろう。しかしながら人口が少ない民族の言語で、記述法が確立されていなかったものなどは中国語の波に呑まれていくのかもしれない。

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2009年3月1日星期日

中国語のインターネットラジオ

 上海に住んでいた頃、タクシーに乗るとラジオがかかっていることが多く、街でよく聞く歌が聞こえてきてその歌の題名が気になったり、時には日本の歌が流れてきたりした。また、所謂「大本営発表」ではあるがニュースを聞いて考えることもあったり、天気予報を聞いたりもした。
 そうした上海のラジオのみならず、中国語のインターネットラジオについて、国学院大学の針谷壮一先生がご自身のウェブサイトに各ラジオ局のアドレスをまとめてくださっている。そのページではそれぞれのラジオ局のストリーミングに直接リンクしていて、クリックすると対応している様式に応じてWindows Media PlayerやRealplayerが立ち上がり、あるいはそのラジオ局のウェブサイト経由で聴くようになっているものではそのウェブサイトが立ち上がり、各局のインターネットラジオ放送を聴くことができる。上海のタクシーで「Love Radio 103.7」とアナウンスとともに音楽が流れてきた上海東方広播電台 Love Radio (103.7MHz)も、その他の上海のラジオ局、さらには中国や台湾、シンガポール始め世界各地の中国語インターネットラジオを聴くことができる。
 いくつか聴いた中で興味を引いたのがシンガポールのRadio1003。もとがAM放送なので音質はそれなりだが、土・日曜には日本の音楽を流す番組もあり、シンガポール在住の日本人が座談会形式のトークをし、それをDJが中国語で説明したりもしていた。他の番組では中国語の音楽も楽しんで聴くことができる。
 実際に台湾なり中国なりに住んでいるわけではなく、ラジオ以外に商店の店頭で流れている音楽を聴いているわけではなく、インターネット経由で聴くことができるとはいえ現地のラジオを聴く時間は少ない。従って「どんな曲が、どんな歌手が流行っているか」を現地の人たちと同様に感じるのは難しいと思う。それでも、Love Radioを聴いていると上海にいた時の雰囲気を少しではあるが味わうことができるし、他の中国語ラジオ局を聴くことで台湾気分・中国気分・シンガポール気分などに少しは浸ることができるのではなかろうか。
 また、中国語のヒアリング学習という点でもこれらインターネットラジオは役に立つのではないだろうか。私が(くどいがH送大学の、ではない)学生だった頃に「中国語のラジオを聞いて文章に起こす」という課題を課せられたことがあったが、当時は短波放送を録音してそうした課題に当たらねばならなかった。その先生が「短波放送を聴くことの難しさ」をわかっておられたのか定かではなくもなぜか皆その課題には対応していたが、今はこうしたインターネットラジオで容易に中国語のラジオを聴くことができる。

 前述のように短波放送で中国語のラジオ(のみならず世界各国のラジオ)を聞いていた頃からすると、インターネットで中国・中国語のみならず世界各地のラジオ放送をインターネット経由で聴くことができるようになるとは本当に便利になったものである。もっとも、インターネットに定額で繋ぐことができる環境が必須であり、そうでないと「バケ死」、通信料金が高額になってしまう。
 これら中国語インターネットラジオを携帯電話のようなモバイル環境で聴くことを画策しているが、それはそのうち。

(追記)中国から、台湾やシンガポールなどのインターネットラジオを聴くことができるのだろうか?昔は大陸から台湾の行政機関やマスコミのウェブサイトには接続できなかったが、最近は規制の向きを変えているかもしれないがどうだろうか。

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2008年12月7日星期日

「女人四十」「我和你不一樣」

 数日前に台湾の新聞のウェブサイトを見ていたら、日本の流行語大賞のことが報じられていた。『中国時報』の記事

日流行語大獎揭曉 前首相福田康夫獲獎拒領

     日本今年度新詞及流行語大獎揭曉,女星天海祐希所主演的日劇「女人四十Arou-for」及搞笑藝人江戶春美的「Goo」得大獎。前首相福田康夫也得獎,但拒領。
     日本「2008 You can新語及流行語大獎」昨天在東京會館舉行頒獎典禮。天海祐希主演的日劇「女人四十」,以英文Around forty簡稱「Arou-for」一詞奪得最大獎。
     這個語詞是指40歲前後的女性。天海祐希的歲數也是40歲前後,她得獎致詞時說:「託40歲前後的女性的福,獲得大獎。希望今後大家能一起過著快樂、美好的日子。」
     搞笑女藝人江戶春美經常比著大拇指說出「Goo」也獲得最大獎。這詞取字英文的Good 。類似英文詞彙feeling,後面的g的發音,都被她唸出「goo」,頗有喜感。
     另外,在北京奧運女子壘球比賽獲金牌的日本代表隊投手上野由岐子因連續投413球,令日本國民感佩,所以「上野的413球」一詞,獲得評審特別獎。
     得獎的前十名當中,也包括日本前首相福田康夫九月舉行閃電辭職記者會時說出的「名言」。他當時在回答記者的問題時,有點惱羞成怒說出的「我和你不一樣!」。但福田拒絕領獎,還寫了一句「花深處無行跡」給主辦該大獎的事務局。
     其他獲獎的詞句包括「居酒屋計程車」、「蟹工船(熱)」、「突擊(guerrila)豪雨」「後期高齡者」、「有名無實的管理職」、「埋藏金」。

 流行語大賞、台湾のニュースにもなるのですね。
 「アラフォー」の語源?となったドラマ『Around 40』は「女人四十」と訳されているが、「アラフォー」や「グ~!」の語感を伝えるのは難しそうで、漢字を当てて表現するとはいかなかったようだ。何故流行語になったか台湾の人にわかってもらうのも難しそうである。それにしても「搞笑藝人江戶春美」、漢字で書かれると「お笑い芸人エド・はるみ」とは別人のように見える。
 福田首相退任のときの名言(迷言?)、「あなたとは違うんです」は「我和你不一樣!」。こちらはわかってもらえそうだ。受賞辞退がしっかりと記事の見出しになっていますね。
 その他の流行語の中で、「居酒屋計程車」「有名無實的管理職」は日本語の部分をうまく訳したものになっている。もっとも、どちらももととなった事件がわからなければ台湾の人にとっては何のことやらということになるだろう。こうした事件も結構伝わっているのだろうか。
 去年の流行語大賞「どげんかせんといかん」は、ネットで調べてみると「必須做點什麼」のようだ。

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2008年8月28日星期四

「加油」の意味を問う

Img_0120  北京五輪・男子サッカー決勝会場にて。セキュリティーチェックを待つ人が着ているTシャツ、「加油中国」の文字の下に「Refueling China」の文字が見える。
 「Refueling」、ガソリンスタンド「加油站」で使う「加油」の訳であり、スポーツの会場で発する「加油」の意味はないと思うが…あるいは「ファイトー!一発!」よろしく何かを補充しろ、という意味が込められているのだろうか。
 ジーニアス英和辞典(電子辞書に入っているもの)やクラウン英和辞典で「Refuel」を引いてみたが、「頑張る」を意味するという記載はなかった。

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2008年7月22日星期二

卓球愛ちゃん@とっさの中国語

 先日夜遅く帰ってテレビをつけたところ、『とっさの中国語』という番組を放送していた。この番組、もともとは1回5分のミニ語学番組でありそれをまとめて放送していたのであるが、この番組の冒頭と発音練習に卓球愛ちゃんこと福原愛選手が出ていた。以前愛ちゃんが試合後のインタビューに応じていたり中国のテレビ番組のインタビューで意地悪な質問をされていたと拙ブログでも書いたことがあったが、それだけに発音練習の生徒役もお手のもの、というところであろう。中国語講座に出演したら面白いのではと以前やりとりしたこともあったし実際にゲスト出演したこともあったようだが、ミニ版とはいえ語学番組のレギュラーで出演である。
 この番組には以前『中国語会話』で出ていた谷原章介が旅人役で出演し「とっさの中国語」を披露するのだが、こちらもやはり以前の学習効果躍如といったところであろう。

 福原選手、いよいよ北京五輪への出場が迫ってきた。「メダルを取るには要努力」といったところだと思うので、ベストパフォーマンスで少しでも上位に食い込んでもらいたいものである。

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2008年4月18日星期五

中国語の電子辞書

 私が学生だった頃(H送大学の、ではなくて)、1990年代初めは電子辞書というものは一般的ではなく、ましてや中国語の電子辞書などというものはなかったのではなかろうか。授業には普通の辞書を持って臨んだものだが、学習者が少ない言語の辞書は値段も高く大事に使われたものである。時には残念ながら盗難ということもあり怒っていた学生もいたと記憶している。
 中国語においては愛知大学が編纂している『中日大辞典』が語彙や用法などから最も充実したものだとされ、皆買っていたものである。今であれば、「中日大辞典』よりは小さい小学館の『中日辞典』がポピュラーだろうし、やはり小学館の『日中辞典』とともに多くの電子辞書に入っているのはこれである。しかしながら小学館から『中日辞典』が出たのは私が学生になってからであり、当初は『現代中国語辞典』が普段の持ち歩きには勧められていたし私も学生時代はそれを使っていた。
 さて電子辞書に話を戻すと、私が最初に買った電子辞書はソニーの電子ブックプレーヤー『DD-CH10』であった。おそらく2000年頃に買ったのだと思うが、当時はすでに電子辞書もそれなりに小さいものが出回っていたのだが中日辞典・日中辞典が入っているのはあまりなく、当時としてもかなり大きいものを買ったのである。その後カシオのエクスワードに乗り換え、今に至っている。
 今使っている電子辞書であるが、やはり『中日辞典』と『日中辞典』が入っている。最近の電子辞書は進んでいてテレビ(ワンセグ)を見ることができたりペン入力やタッチパッドでの操作ができたりするのであるが、私が持っているものは辞書機能だけのものである。
 最近では量販店の電子辞書売り場を見てみると『中日大辞典』が入った電子辞書を見かける。いろいろな機能がついているといってもやはり「辞書」なのであるから、中国語を使う機会がある者としては『中日大辞典』が入った辞書を買っておけば買い換えることもなく長い間使えるのではないかと思う。
 他方、今使っている辞書には『中日辞典』が入っている。今後の私の人生において、電子辞書を使う際に『中日辞典』ではなく『中日大辞典』ではないといけない、という場面がどのくらいあるのだろうか。そう考えると、決して安い買い物ではない電子辞書の買い換えをするほどのこともないか、と感じてしまうのである。おそらく『中日大辞典』が必要なのはよほど専門的、かつ現代的な話題ではなくそれこそ研究などで本を読むときであり、そういうときには傍らに電子辞書ではなく製本された『中日大辞典』を置いて読むことだろう。そう考えると、今使っている電子辞書でいいか、という気になる。もっとも、今使っている電子辞書に『中日大辞典』を追加することができるということであれば考えるかもしれない。

 これだけ商品開発のスピードが早いと新しいものに目が行ってしまいがちであるし飛びつきたくもなるが、電子辞書に限らず折角手に入れたものは大事に使いたい、と思う、と同時に、自分が本当に欲しいものはなにか、モノを買うときに何を優先させるか(電子辞書であれば小ささ・軽さを優先するか、入っている辞書の数を優先するかあるいは質を優先するか、デザイン重視でいくか…)をしっかりと考え、賢い消費者になって無駄使いはしないようにしたいものである。
 そうは言っても、「これは!」と思ったときはついつい好みに応じて衝動買いしてしまうのかもしれないが…

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2007年4月28日星期六

おたく@中国時報

 少し前の話だが、4月10日付の『中国時報』に、『我很「宅」, 但很「優」』というタイトルの記事が載っていた。
 記事の内容は、まず「おたく」とされる人達の生活は引きこもりになりがちで幸せとは無縁だとされているが、本当にそうか?と疑問を呈し、「otaku學之父」(文中の表現より)とされ岡田斗司夫氏の名前を挙げつつ「おたく」は映像や情報が氾濫している21世紀の世界に適応できる人達であるのだが世間のイメージは『電車男』や『ケロロ軍曹』であるとし、他人を「おたく」呼ばわりする人も実は「おたく」なのでは?と結んでいる。
 記事の下には、台湾で働いている女性が職場では気付かれていないが漫画やコスプレにはまっているのを隠れた「御宅」の例だとして示している。
 しかし、この文中の表現、例えば「おたく」の人の一般的イメージとして「胖到滴汗」だの「走出封閉的生活」だのと表現してみたり、ずいぶんな表現である。ちなみにこの記事によると、「一般的御宅族」の定義は「御宅族指得是在秋葉原一帶出沒, 對於動畫漫畫電腦遊戲等次文化熱中而且鑽研很深的人」なのだそうだ。「秋葉原」という単語が「在日本的」の枕詞なしで出てくるのが興味深い。

 さらに、この語源である2人称で相手を「おたく」と呼ぶときの中国語訳は、「貴府」なのだそうだ。なるほど。

 という訳で、連戦の度重なる大陸訪問に対抗するわけではないが、この労働節休暇はまた台湾に行ってきます。

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