タイ

2018年6月25日星期一

バンコクのタクシー

 BTSやMRTといった軌道交通がまだ少なく、バスも乗りこなすには一苦労と言う向きには、いきおいタクシーでバンコクの街を移動する機会が増えてくる。

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 バンコクの大部分のタクシーには屋根の上に「TAXI-METER」と書かれたサインを載せている。このタクシーにはタクシーメーターが付いていて、走った距離や渋滞などの待ち時間で運賃が決まる、我々の感覚では普通のタクシーだ。


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 他方、屋根の上のサインが「TAXI」だけのタクシーは、行先までの値段を交渉する、交渉制のタクシーだ。このサインのタクシーを見ることは、バンコクではあまりない。





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 もっとも、やはり屋根の上に「TAXI」のサインを掲げているトゥクトゥクは、運賃交渉制だ。やHり「TAXI」だけのネオンは要運賃交渉の証なのだろう。





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 最近増えてきたのは、屋根の上にこのサインを掲げたタクシー。「TAXI」の両側に、赤丸に「APP」、黄丸に「GPS」と書かれている。このタクシーは、まさに屋根のサインの通りGPSを装着していて万一の際の位置情報になるし、東南アジア中心に展開するタクシー呼出アプリであるGRABに対抗して作られた、タイのタクシー業界推奨のスマートフォンアプリ「TAXI OK」で呼び出すことができるタクシーだ。車載カメラや乗客のためのSOSボタンもあり、評判芳しくないタイのタクシーの安全性や信頼向上のための設備が備え付けられたタクシーだ、バンコクのタクシーは順次このタクシーに切り替わっていくと言われているが、実際のところはどうなることか。
 上で「評判が芳しくない」と書いたが、メータータクシーでも運賃交渉をする、乗車拒否をする、メーターが早く回る、などの良くない評判を聞く。あくまで小生の感覚だが、乗車拒否は勤務時間間際で特定の方向に行きたいときに逆方向に行けと言われた時や、行先がよくわからないときによく発せられる感がある。また突然明らかに高い金額で運賃交渉を言われるのは、夜に繁華街から乗ろうとするときや、欧米人が良く住むエリア(アソーク付近のスクンビット偶数側、Sckhumvit Soi 18やSoi 20等)で発せられることが多いように感じる。それ以外のところや時間では、言われるほど乗車拒否やメーターを使わず運賃交渉で吹っ掛けられることはない気がするし、よしんば言われたとしても次に見つけたタクシーで乗ることができるという感がある。

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2018年4月26日星期四

バンコクの朝、屋台の下

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 ある日の早朝、屋台というか手引きの移動販売車の下で姿勢よく座っている猫。笑ってこっちを見ているようにも見える。猫の表情というのはわからないが…

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2018年4月25日星期三

The Imperial Mae Ping Hotel - テレサ・テン終焉の地

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 チェンマイの中心部、ターペー門を出て少し東へ行ったところにある、The Imperial Mae Ping Hotel ジ インペルアル メーピン ホテル。夜土産物屋や食堂で賑わうAnusarn Marketに程近いところにある大きなホテルだ。








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 このホテル、数多くのヒット曲を発しその歌声が日本・台湾・香港そして中国で親しまれたテレサ・テンが最晩年を過ごしたホテルだ。彼女は1994年8月にチェンマイを訪れ、初めは他のホテルに滞在していたのだがこのメーピンホテルが気に入ったようですぐにここに移り、亡くなるまでの間に3回に渡ってこのホテルに宿泊している。
 そして1995年5月8日、彼女はこのホテルで容体が急変し、部屋を出て助けを求めるも搬送先の病院で死亡が確認された。
 そんな彼女が最晩年を過ごした部屋が一般公開されている。入場料は宿泊客だと500バーツと結構な値段だ。


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 15階のスイートルームが、彼女が過ごした部屋だ。2部屋を繋いだところで過ごしていたようだ。
 15階に上ると、まずチェンマイでのテレサ・テンの暮らしぶりを知る人の証言や彼女の業績を紹介するビデオを見る。当時からこのホテルのこのフロアで担当していたホテルマンが、今でも15階で案内をしてくれる。
 室内にはいくらかのテレサ・テンの写真が飾ってあるのと彼女が生前日本を、台湾を、そして中国や香港を席巻した歌が流れている他は、特に物珍しい展示はない。

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 スイートルームからの眺め。かつての眺めとはかなり変わっているだろう。
 テレサ・テンは中国で有名だったこともあり、この日も多くの中国人観光客がこの部屋を訪れていた。

 日本でも成功を収めたテレサ・テンは、その歌声が広く知れ渡っていた中国でのコンサートを夢見ていたが、その夢は1989年の天安門事件で果たせぬものになってしまった。その後活動を減らしつつあったテレサ・テンは一時フランスのパリに居を構えたが、避寒地としてであろう訪れたここチェンマイを気に入って、突然の死までの日々の多くをここで過ごした。
 当時はこのホテルの前にクイッティアオ屋があり、テレサ・テンは好んでこの店を訪れて「クイッティアオガイ」(鶏肉入りの米麺)を食べたそうだ。その店のことはインターネットで調べると写真とともに見つかるのだが、今メーピンホテルの向かいを見ると長期滞在者用の洗濯屋がそのクイッティアオ屋と同じ屋根、同じひさしだ。飲み物も売っているのでクイッティアオ屋のことを聞いたところ、「ここがその店だ。クイッティアオ屋はもう閉じた」との話だった。同じ人が商売替えしたのか、話したのは当時とは関係ない人でよくこのことを聞かれるので答えたのか、は聞かなかった。テレサ・テンが寄せた「恭禧發財」のサインが店に飾ってあったそうだが、それももうないとの話だった。

 テレサ・テンの生涯、とりわけ台湾と中国の狭間で揺れ動き翻弄された日々や、天安門事件に関わった民主化勢力にシンパシーを寄せそして大陸でのコンサートが叶わぬこととなりパリやチェンマイで過ごした日々のことは、今回参考にした有田芳生著『私の家は山の向こう テレサ・テン十年目の真実』(文春文庫 2007年、単行本は文藝春秋2005年)で知ることができる。

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2018年4月16日星期一

Chieng Mai Gymkhana Club -タイ最古のゴルフ場-

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 タイで最古のゴルフコースはチェンマイにある。ここChieng Mai Gymkhana Club チェンマイ ジムカーナ クラブは1898年設立、今年で設立120周年だ。
 このチェンマイ ジムカーナも9ホールのゴルフ場だ。18ホールあるゴルフ場でタイ最古のものは、ホアヒンにあるRoyal Hua Hin Golf Courceになる。





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 チェンマイ ジムカーナはチェンマイの中心地から西側の程近いところにある。チェンマイの国鉄駅が近い。
 クラブハウスの入口。質素な造りだ。








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 1週間ほど前からクリケットの試合があるとかで、その間7~9番ホールはその試合会場になっており閉鎖。1~6番ホールを3回まわる変則的なプレーになった。
 写真は1番ホール、並んだ木々が左右を遮る。左の木の向こうは6番ホール、1番ホールとは逆にこちらへと戻ってくるコースだ。
 この日は途中まで北京から来たという旅行者とラウンド。けっこう遅い時間から来てプレーする人もいて、ここもチェンマイ在住の人が思い立ったら来てプレーできるところなのだろう。

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 水に邪魔をされるところは少ないイメージだが、3番ホールはやはり木々に挟まれた狭いフェアウェイの真ん中にクリークが流れ、4番ホールはティグラウンドから池を越えて打ち下ろすショートホールだ。



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 5番ホールは2番ホールのウェアウェイの脇にティグラウンドがあり、隣のホールの球に当たらないよう金網の中からのティショットだ。
 正面の木が行く手を遮る。





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 その木には、サルスベリのような花が咲いていた。










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 前述の通り1~6ホールを3回まわってこの日のプレーは終了。1番ホールのティグランド脇には服装に関する掲示が。








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 やはり1番ホール脇、スターターの上には歴史を感じさせる木がある。太い枝が横に長く伸びていて、折れないように下に支えを付けているほどだ。








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 コースの一部を塞いで行われていたクリケットの大会。1週間くらいの期間で開催されたようだ。この日が最終日で、2日後から9ホール全てがゴルフで使用可能になるとのことだった。
 このチェンマイ ジムカーナ、イギリス人が作ったとかで、ゴルフだけではなくクリケット・テニス・スカッシュもできるようだ。クリケットは上述の通り、テニスはテニス場が駐車場の脇にあった。こうしたスポーツを通じた社交場のようなところだったのだろう。


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 クラブハウスの1番ホールを望む側には、オープンエアのレストランがある。タイ料理や西洋料理を頼むことができ、メニューには日本語が付されている。室内のレストランはメンバー専用のようだ。
 ビジターでもプレーフィー+キャディーフィーで18ホール450バーツと格安なのだが、メンバー以外にはロッカーがないのが不便なところで、このレストランに荷物を預かってもらった。
 9ホールで2,909ヤードのこのコース、全てのホールをプレーすることができなかったので、また訪れて9ホール全てをまわってみたいものだ。
 Chieng Mai Gymkhana Clubのウェブサイトはこちら

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The Stardome Golf Club @チェンマイ

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 最近バンコクで9ホールのゴルフコースに予約なしで行くことがあるが、同じようにチェンマイにある9ホールのゴルフ場にもチャレンジしてみた。もっとも、ゴルフ場はさておきバンコクからだと飛行機の予約が必要なので、気が向いたらフラリと行く、というのとは少し違うかもしれないが…
 4月初旬の休みを使って向かったのは、チェンマイ空港から目と鼻の先にあり、市街地に向かう途中にあるThe Stardome Golf Club。プロモーション中とかで、18ホールカート付き、キャディフィー込みで1,000バーツだった。


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 殆どのホールで水が絡む造りになっていて、一打目の落としどころが狭いホールが多い。







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 空港に近い、と言うか滑走路の斜め先にあるゴルフコースということで、この日はチェンマイ空港を離陸する飛行機をひっきりなしに見ながらのラウンドだった。








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 ショートホールはやはり2つとも水を意識しながらのショット、これは5番ホールだが右はウォーターハザード、ショートするとバンカーということで2回ともオーバーして奥の木に打ち込んでしまった。
 9ホールで白ティから3,114ヤードと距離もそれなりにあり、落としどころが水やバンカーで狭まっていて簡単ではない。





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 チェンマイに住んでいる日本人や欧米人が来て1人やら2人やらでプレーしているのが多かったような感がある。チェンマイに住む人はやはり気の向くままにここに来てプレーするのだろう。
 中にはタイ人の5人打ちも。そんな組が前にいたらそのホールは飛ばして他のホールへ行き、後でそのホールをプレーすることができる。




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 ゴルフコースの脇には2階建ての練習場が。その奥にはゴルフショップが並んでいる。









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 洒落たレストランもあり、ステーキなど肉料理を食べることができる。この他にコーヒーショップなどがある。
 さすがにチェンマイにふらりと行く訳にはいかないが、住んでいたらWalk-in(予約なしのプレー)ができるコースとして通うだろうなぁと感じるゴルフコースだった。

 The Stardome Golf Clubのウェブサイトはこちら

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2018年3月4日星期日

ロッブリー小旅行

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 バンコクから北へ2時間あまり、アユタヤのその先にあるロッブリーという街へ行ってきた。ロッブリーはスコータイ王朝・アユタヤ王朝期には首府に次ぐ重要な街として位置付けられた古都である。
 新市街にあるバスターミナルに程近い大通りからソンテウに乗って見どころの多い旧市街を目指す。鉄道の線路を跨ぐ踏切近くでソンテウを降りると目の前にあるプラ・プラーン・サーム・ヨート、13世紀の仏塔なのだが周りには猿がいっぱい。

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 踏切近くの線路にも、通りの商店の軒先にも猿が普通に歩いている。
 近くに猿を見るのは3年余り前のジブラルタル以来だがその時は岩山の上、今回は歩道や車道に猿が溢れているのでこうした経験はおそらく初めてだ。


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 改めてプラ・プラーン・サーム・ヨート、境内のみならず、仏塔に居座りよじ登る猿が目を引く。







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 プラ・プラーン・サーム・ヨートの向かいにあり、ソンテウのおり場でもあるサーン・プラ・カーン。交差点にロータリーのように建つ寺院なのだが、猿がいっぱい。中国語で「小心猴子抢东西」=猿のひったくりに注意、と書かれているが、最近タイで激増している中国人観光客はこの時はあまりいなかったようだ。
 同様に「猿に食べ物を与えるな」という注意書きもここやプラ・プラーン・サーム・ヨートに掲げられていたが、当の地元の人達も含め猿に食べ物や水を与えているようで、中にはヤクルトを手にして飲んでいる猿も見かけた。

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 踏切にある信号所にも、タイによくある象とともに猿の像も。







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 猿が多いエリアから歩くことしばし、チャオ・プラヤー・ウィチャエーンの家と呼ばれる遺構。17世紀にフランス大使の邸宅として建てられ、後にギリシャ出身でアユタヤ王朝の高官になったコンスタンティン・フォールコン(タイ名はチャオプラヤー・ウィッチャイェーン)が住んだという邸宅の跡であり、三角屋根にヨーロッパの様式を感じるタイではあまり見ない感じの遺構だ。
 17世紀といえば日本は鎖国時代、そんな時代でもタイはフランスと交流を持ち、人の行き来もあったことが新鮮に感じる。


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 この遺構から伸びる通りには「Rue de France」の名前が冠されている。現代の仏教寺院や市場に面した通りだ。









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 Rue de Franceの突き当たりにある、プラ・ナーラーイ・ラーチャニウェート宮殿。今は国立博物館。入口に回ると水曜日から日曜日に開館、祝日は閉館と書いてあり、今回ロッブリーを訪れたのはタイの祝日だったのだが、門が開いているので中に入って尋ねたところ博物館もオープンしているとのことだった。
 白い建物の中にはかつての王朝期の仏像の頭部や仏具、皿などの食器が展示してあった。
 アユタヤ王朝の後、時を経て現代に繋がるチャクリー王朝のラーマ4世が19世紀にこの地を訪れ、古都ロッブリーの再興を命じたとかでここはかつてのラーマ4世の宮殿、その生涯を紹介するエリアもあったのが印象的だ。一度は活気を失ったことがある街なのだろうか。

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 敷地内にはかつてのナーラーイ王朝期の建築物も。左写真は「Dusit Sawan Thanya Prasat Throne Hall」、国王が各国大使に謁見する場所であり、右写真は「The Twelve Royal Storage Buildings」、英語の説明も海外からの商いや貢物として得たものを保管しておく倉庫とのことだ。

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 ロッブリー駅の前にも広大な敷地の中に遺構が広がる。
 駅前に保存されている蒸気機関車の後ろにも、時代を経たであろう仏塔が見える。




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 駅のホームにも猿の像が。
 もっとも、駅舎脇にあった「聞かざる、見ざる、言わざる」、これは日本語から来るものだと思うが、誰かがこの地にこの言い習わしをもたらしたのだろうか。
 駅の窓口にも案内に猿のイラストが描かれているなど、猿がロッブリーのシンボルになっているのだろう。

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 ロッブリー駅を出発したディーゼルカーが先述の猿の像がある信号所の前を通り、プラ・プラーン・サーム・ヨートを横目に踏切を通り過ぎていく。
 鉄道のロッブリー駅がまさに宮殿を始め見どころの多い旧市街にあるのだが、バンコク・フアラムポーンからロッブリーを目指す列車は朝都合の良い8時30分発のSpecial Express(特急列車)は当日駅で切符を買おうとしたら満席で乗れず、急いでモーチットのバスターミナルに向かった。この列車はチェンマイを目指すディーゼルカーによる特急列車とのことで、車輛数も少ないのだろう。
 モーチットでバスの切符を買おうとしたら、窓口でロットゥーで行くように勧められた。そういう運用をしているのだろうか。このロットゥーはサラブリー経由で寄り道をするのだが、2時間半かからずにロッブリーのバスターミナルに到着した。バスターミナルからは、北側にある大通りでソンテウに乗ると約2キロ、5分くらいで先述のサーン・プラ・カーンに行くことができる。
 帰りは鉄道のロッブリー駅近くのロットゥー乗り場から乗り、BTSモーチット駅へ。
 朝バンコクからロッブリーに行く列車は前述の特急列車以外は冷房が効かずまた時間もかかり、帰りの列車も時間が当てにならないので、ロッブリーへはモーチットからロットゥーやバスで行き来するのが便利なのだろう。

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2018年2月5日星期一

Kantarat Golf Course -空港の中のゴルフ場-

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 バンコク・ドンムアン空港には、2本ある滑走路の間に造られたゴルフ場がある。そのゴルフ場、Kantarat Golf Course カンタラット ゴルフコースに行ってきた。空港の滑走路の間にあるゴルフ場は他にはないだろう。
 ドンムアン空港の手前の道を折れ、銃を持った兵士が待ち構えている検問所を通ってクラブハウスへと向かう。空港の中にあるこのゴルフ場は空軍の持ち物だ。




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 クラブハウスは最近別の場所からコースの端に移して新しく作られたようだ。休日はプレーフィー700バーツ+キャディーフィー300バーツの合計1,000バーツでプレーすることができる。プレーフィーの支払時にパスポートの提出を求められ、タイの運転免許証を出したところそれでO.K.だった。
 受付の人に聞いたところ、タクシーでの来訪はダメとのことだった。




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 ロッカールーム。タオルは無料だった。










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 クラブハウスからコースに向かうときに、空港のような荷物検査やボディチェックがある。両者は通りを隔ててフェンスで仕切られていて、このチェックの後にフェンスの中のコースに入る。
 この日は予約なしで行ったが、やはり予約なしで来ているタイ人とのジョイントになった。





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 1番ホールは、2本ある滑走路のうちの1本の突き当りを横切るような格好で進んでいく。写真の右側が滑走路の行き止まりで、その先には軍用機と思しき飛行機の格納庫が見える。そのせいか、この滑走路にカメラを向けることは不可であった。
 のみならず、もう1本の旅客ターミナル側の滑走路や、途中で横断しなければならない誘導路やコースを横切る道などの写真を撮るのも不可と、キャディに言われた。
 アングルを気にしながら1番ホールを写真に収めたら、離陸していく飛行機が見えた。
 この1番ホールでは、離陸したばかりの飛行機が頭上を通っていく。INの17番ホールのグリーン上でもそうだった。

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 2番ホールから8番ホールまで滑走路に沿って進んでいき、9番ホールで折り返して戻ってくるというのがこのコースの全容だ。途中3番ホールと15番ホール(だったと思う)が終わった後で誘導路を横切る。飛行機が通る場所を歩いて横切ったのは3年余り前にジブラルタル空港の滑走路を跨いでジブラルタルに出入りして以来だ。
 コースの両脇を飛行機が頻繁に離着陸し、大きな音を立てて走っていくのだが、前述の通り滑走路に向けた写真撮影はダメとのことで「空港の中」であることを思わせる写真はない。


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 警備が厳重なせいか?タイのゴルフ場によくいる犬はここにはいなかった。その代わりという訳ではないが、ティーグラウンドでは鳥が佇んでいた。「空を飛べる」鳥が空港にあるゴルフ場には似合うのだろうか。







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 滑走路の間にあるゴルフコースなので、平らなホールが続く。フェアウェイの中央に木を配したり、ティーグランドのすぐ前に何本も木を並べたりして難しくしている。突然池があるホールもあったが水が効いたホールは少なく、滑走路を離れた17番が池越えのショートホール、18番もグリーン前にクリークがある。
 コースの状態は正直今一つで、グリーンもとても遅い。以前訪れたRoyal Irrigationの方が、9ホールとはいえ整備状況は良いような気がする。

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 ティーグラウンドの位置を示すマークは蛇のデザイン。









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 このゴルフコース、OUT/INで往復するコースと言うこともあるが茶店が頻繁にある。特にOUTでは殆どのホールでなにがしかのどを潤したり小腹を満たしたりすることができるような気がする。OUTを回っている時はたくさん茶店があるな、軍のコースだからサービスが手厚いのかと思ったが、INと共通な茶店もあるところもあろう。
 写真はINで気付いた茶店、30バーツでタイカレーなどにありつくことができる(ご飯は別勘定かも?)。茶店では水が10バーツ、ジュースが20バーツ、ビールは50バーツと他のゴルフ場より財布にやさしい値段設定になっている。
 クラブハウスのレストランもしっかりしたものであり、美味しいタイ料理にあり着くことができる。
 コースの状態や轟音を聞きながらのゴルフはさておき、エアアジアやノックエアはじめ様々な塗装の飛行機を見ると、またどこかに旅に行こうかという気にさせてくれるゴルフ場だ。飛行機や乗り物好きには一見の価値があるし、コースの状態は廉価なローカルのゴルフ場として割り切ることもできよう。

Kantarat Golf Courseのウェブページ。バンコク近郊にタイ空軍が持つゴルフコースにはもう1つDhupatemiya デュパテミヤというコースがあり、共通のウェブサイトになっている。

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2017年12月25日星期一

タイ・ミャンマー国境越え(1)バンコク~メーソート~ミャワディ~ヤンゴン バスの旅

 10月のことだが、バンコクからバスを乗り継いでミャンマーとの国境を越え、ヤンゴンまで行ってきたのでそのことをぼちぼちと。

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 ミャンマーとの国境であるメーソート Mae Sot行きのバスは、バンコクの北にあるモーチットのバスターミナルから出発する。Vip Class・1st Class・2nd Classと種別があり、それぞれ何本かあるようだが、今回は22:40発のVIP Classのバスでメーソートへ向かう。バス代は580バーツ。
 座席は3列シートで、電動リクライニングでかなりフラットにできる座席だ。
 乗ったバスの正面の表示にはミャンマーとの別の国境、メーサーイ(Mae Sai)行きと書かれていて少し不安になったが、紙でメーソート行きと書かれている。
 メーソートまでの道はよく整備されている。途中工事中のところがあったり、前をトラックが走っていたりするとスピードを落とさなければいけないが、概ね順調に走っていった。
 メーソート・ミャワディを経る道は東西回廊と呼ばれることが多いが、それにふさわしい道にしようと工事をし、一部は実現している感じであった。

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 メーソートのバスターミナルには7時半頃に着き、待っているソンテウに乗り換えて国境のゲートへ。10分程の道程だ。普通に商店が並ぶ、普通の街だ。








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 日本人は、ビザがないとミャンマーを自由に旅することができない(ビザを持っていても行くことができない場所があるが)。ビザなしだと行動範囲は国境付近に限られる。
 タイの出国手続きをして、タイ側とミャンマー側を結ぶ橋を渡る。タイは車は左側通行、ミャンマーは右側通行だが橋の上は右側通行だ。





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 橋の脇を見ると、タイのナンバーを付けた車とミャンマーのナンバーをつけた車が入り混じっている。国境貿易の1つだろうか。








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 タイとミャンマーを隔てるのは細い小川だ。
 この国境越えで、タイと接するカンボジア・ラオス・マレーシア・ミャンマーの4か国の国境の陸路越えを達成した。








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 国境の小川を小船で行き来する人たちも。なにがしかで制度化はされているのだろうが、我々は利用できなさそうだ。








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 ミャンマー側の検問へ。うっかり行き過ぎてしまいそうになり、係の人に教えてもらって戻って入国手続きをした。









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 ミャンマー側の街の名前はミャワディ。こちらも通りに商店が並ぶ普通の街だ。
 国境すぐのところの店先に机を置いて両替商を営んでいる人に、両替かたがた「ヤンゴンまでバスで行きたい」と告げると、バイクタクシーを呼んでくれて同じ通りにあるバス会社まで連れて行ってもらえた。バイクタクシー代が1,000チャット、バスの切符は12,000チャットだった。

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 バス会社のオフィスの向かいに見えた教会。
 バスターミナルがあるわけでなく、そのバス会社のオフィスからバスに乗る。タイとミャンマーとでは時差が30分、9時30分出発と言われて慌てたが実は慌てる必要がなくしばし休憩してからバスに乗り出発だ。






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Pa211414  車窓には豊かな緑が続き、ミャンマーの地の恵みを感じることができる。








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 出発して1時間半ほどで、時間の関係からか早くも食事休憩。
 道はご覧の通りで、必ずしもここが物流の大動脈ではないのかもしれないがタイ側に比べると整備はいまいちだ。昔中国をバスで旅したときのようだ。






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 食事は所謂ぶっかけ飯形式だが、スープや味噌のような調味料は予めテーブルに乗っている。







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 途中でススキのようなものを見たり、たまに川を渡ってみたりと車窓も豊かだ。








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 切り立った小山も。前述の通り車窓は様々だ。










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 モーラミャインを通る道が東西回廊のようだが、このバスはそのモーラミャインを流れるタンリーアン川の上流で川を横切る。

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 立派な金色の寺院がある街、そして小さいながらも賑わう街を車窓に見ながらミャンマーを目指す。







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 午後16時頃に2度目の食事休憩。ミャンマーにかなり近づいたはずなのだが、道は少し広くなったものの整備状況はミャワディ近くと大差ない。もっとも、道がよくないとは言いつつつも乗ったバスは「6輪の大型バス」を売りにしているバスなので、激しく揺れるとか気分が悪くなるとかはなく概ね快適な移動だ。

 ここからさらに5時間走り、夜の21時30分にヤンゴンのバスターミナルに到着。すぐにタクシーに乗りホテルに向かったが、ガイドブックに書いてあるような渋滞はなかった。
 バンコクのバスターミナルを出発したのが前日の22時40分なので、略1日がかり、殆どバスに乗りっぱなしの国境越えの旅だ。飛行機だと1時間余りで行くことができるバンコク~ヤンゴン間だが、特にミャンマーでは道でスピードが上がらないこともありまだまだ陸路は遠い。

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 後日撮影した、モーチットのバスターミナルの夜景。モーチットとは言うが、BTSで行く場合にはモーチットの1つ手前のサパーン・クワーイ駅で降りてタクシーに乗った方が早く着くことができる。







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 方面別に切符売り場があってわかりにくいが、前売りは正面のオレンジ色のエリアで扱っている。
 本来はチケットメジャーでも扱っているのだが、出発1週間前に買いに行こうとしたら「システムトラブルで扱えない」と言われてしまったので、この時は事前にモーチットのバスターミナルまで行って切符を買った。

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 ターミナル内の様子。電光掲示板はなくテレビモニターも作動しておらず、アナウンスも拡声器でする程度なので、切符に書かれた乗り場の近くで待つのが問題なかろう。
 それでも、前述の通り指定された乗り場に行くと違う行き先が書かれたバスが待っていると本当にこれでいいのか不安になるが…
 セブンイレブンもあり困ることはないだろうが、待合室には到着客用だろうか、Tシャツの自動販売機があったのが印象に残った。


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 ミャンマーのビザは、インターネット経由で取得するeVisaで取得。観光ビザは手数料50米ドルで、小生が申請した時は申請の翌日に承認の旨がe-mailで送られてきた。
 バンコクだと、BTSスラサック駅近くにあるミャンマー大使館で取得できるようだが、申請と取得に行く2回の手間や申請時間が大使館の営業時間に縛られず自由な点を考えると、50ドルは決して高くないと思う。

 ミャンマーのMinistry or labour, Immigration and PopulationによるeVisaのページ

 そのFAQのページを見ると、今のところ(2017年12月現在)
///quote///
With eVisa, you can enter at any one of the following:
1. One of the 3 International Airports: Yangon, Mandalay, Nay Pyi Taw
2. One of the 3 International Land Border Checkpoints: Tachileik, Myawaddy, Kawthaung
To exit from Myanmar, you can use any one of above stated International Airports , International Land Border Checkpoints and furthermore, the Htikee Land Border Checkpoint as well.
///unquote///
とあり、eVisaは上記ポイントからの入出国が可能なようだ。

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2017年12月12日星期二

Royal Irrigation Department Golf Course

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 以前記したAIT Golf Club同様、予約なしで気軽に行って9ホール楽しめるゴルフコースが他にもある。「Royal Irrigation Department Golf Course」というこのコース、名前からしてタイの役所(灌漑局、というのだろうか)が持つゴルフコースを一般開放しているようだ。バンコク市内からだとタクシーで250バーツ+高速代くらい、ドンムアン空港の西側少し離れたところに位置する。
 9ホールプレー、と書いたが、電話で確かめたところ普段は9ホールx2の18ホールプレーするのが原則で、昼の15時以降に9ホールのプレーが可能になるとのこと、ウェブサイト上の案内もそのような料金体系になっている。 週末だと15時以降の9ホールプレーはキャディフィー込みで400バーツと格安、週末の18ホールも750バーツと廉価にプレーすることができる。
 「ดงตาล ณ รำเพย」と書かれたレストランの看板が目印だ。右側がクラブハウスになっていて、料金を支払ったり着替えをしたりする。
 完全にタイベースのゴルフ場で、日本人でここを知っている人は少ないだろう。プレーしている人もタイ人ばかりで、日本人や西洋人はいなかったように見えた。

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 クラブハウスの裏手。釣り糸を垂れている人もいた。










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 日によってコースやグリーンを使い分けて変化を持たせるようで、火・木・土・日曜日のコースを「Old Cource」、水・金曜日のコースは「New Cource」と称している。
 この日はタイ人の12歳の女の子とコーチ役の父親とのジョイントだった。この女の子に、ドライバーの飛距離で置いて行かれてしまった…毎週ここで親子でゴルフをしているとの話だった。



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 週末にプレーする「Old Course」、このコースは白ティがいちばん長いのだが距離が3,380ヤードと結構ある。パー5は563ヤードと575ヤード、ただ水が効いているホールは少ない。







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 距離は長いが平坦なコースということで、グリーンを緩やかな砲台にして手前や脇にバンカーを配したり、ホール間の境目にクリークを配したりして難易度を上げているところもある。







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 数少ない水が効いている6番ホール、ティショットが池越えのロングホールだ。









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 15時過ぎにスタートということで、8番ホールあたりになってくると日が落ちて暗くなってくる。









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 営業が終わったホールでは子ども達が玉蹴りに興じたり、仕事の終わったキャディとだろうか芝生の上でくつろいでいた。






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 先述のレストラン。メニューは全てタイ語なので、タイ語が読めない向きには名前のわかる料理を思い出して頼むしかない。








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 予定をしっかりと立てて行くゴルフも親交を深めるに良いが、思い立ったらすぐプレーというのも良いのでは、と思う。

 Royal Irrigation Department Golf Courseのウェブサイト(英語・タイ語)

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2017年11月30日星期四

プミポン国王火葬殿

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 10月26日のプミポン国王火葬式で使われた火葬殿(火葬施設)が一般公開されているので、仕事の帰りに観に行った。

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 公開時間は朝6時~夜22時、私は20時30分頃にサナーム・ルアンに着いた。
 火葬殿があるサナーム・ルアン(王宮前広場)の北側から中に入る。セキュリティチェックと身分証明書の提示(私はタイの運転免許証を提示して入ることができた)を経て中に入り、案内に従って進んでいきテントの中のベンチで座って入場を待つ。
 20分程待った後で、中に入ることができた。

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 火葬式の様子はテレビで見たし、夜の火葬殿もテレビで見たが、改めて肉眼で見る火葬殿は荘厳だ。
 他方で喪が明けたということか訪れているタイの人達は普段通りの格好、私と同様に仕事帰りか学校帰りかという風情の普段着で、ポーズを取ったり所謂自撮りをしたりと写真を撮ることに興じている人が多かった。崩御後の広場のような重い雰囲気ではなかった。
 それでも、棺が昇った階段の下で手を合わせる人も少なからずおり、プミポン国王への敬意を感じることもできた。

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 火葬殿の周りには堀のように水が張り巡らされていて、階段の下、四方には異なる動物が火葬殿を守るように配されており、堀の周りにも同じ動物を見ることができる。
 北の入口を守るのは象。



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 東は一角獣だろうか。










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 南には牛が、西には馬が配されている。
 象への敬意はタイでは馴染みのことであるが、農作業などで共に働くことが多いであろう牛にも敬意が払われているのが印象的だ。
 荘厳な金色の建物もそれを囲む動物の細やかな造りも、今のタイに伝わる芸術の粋を集めたものと言えよう。
 この火葬殿の一般公開、11月いっぱいと言われていたが、12月末まで一般公開が延長される旨場内放送でアナウンスがされていた。
 火葬殿の周囲では、歴代国王の火葬殿の紹介や芸術品の紹介をするスペースがあった。プミポン国王の生涯を伝えるスペースもあったが、ここに行列ができていて時間がなく観ることができなかった。
 プミポン国王崩御という一大事に面したタイを見ることになったが、この1年でプミポン国王はじめ王室への想いを持つタイの人々をも見ることができた、と思う。

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