海外生活

2016年7月9日星期六

在外投票@バンコク

Img_20160703_121508  先週のことになるが、参議院議員通常選挙の投票をタイ日本国大使館で行ってきた。
 在外投票の期間は日本の期日前投票より短く設定されていて、バンコクの日本大使館では7月4日(月)まで。公示後期間中は土日も大使館での在外投票は可能なので、その点は便利である。
 場所は大使館2階の広報文化館。大使館に入るためには身分証明書の提示が必要だが、パスポートの代わりにタイの運転免許証でもO.K.だ。説明では日本の運転免許証でも可とのこと。勿論、投票のためには在外選挙人証が必須である。
 2階のホールに入り、まずは投票用紙を登録してある選挙管理委員会に請求する旨の書類に記入。請求と言ってもここで書いた後で日本から投票用紙が送られてくるわけではなく、在外公館に備え置いてある各地共通の選挙用紙が渡される。
 参議院議員通常選挙では投票用紙は選挙区用と比例代表用の2枚。説明はしてもらうのだがいざ書こうとするとどちらがどちらだったか、となるが、前者は投票用紙に「候補者名を記入するよう」記載してあり、後者は「政党または候補者名を記入するよう」記載してあるので、参議院議員選挙のルールである選挙区は候補者に投票、比例区は政党または名簿に記載された候補者を記載して投票ということががわかっていると取り違えることはない。
 日本の投票所のように仕切りがあるテーブルで記入する。候補者や政党名は各選挙区のものがまとめてバインダーにまとめてあるので、その場で候補者や政党を選ぶことは日本での投票同様に可能だ。記入後それぞれの投票用紙を別々に封筒に入れ、それをさらに1つの封筒に入れる。その封筒に立会人にサインをしてもらい投票は終了である。在外選挙人証の裏には今回の選挙で投票した旨が記載される。
 日本で普通に投票すると投票所に行って本人確認をして投票用紙に記入して終わりだが、在外投票は用紙への記入や投票用紙の封函、立会人の署名と一手間かかっているが、そうたいして時間はかからない。私が訪れたときには、10人くらいの人が広報文化館の中で投票を行っていた。
 折角ある投票権でありまた先人の努力の賜でもあるので、これからも忘れずに行使していきたいものである。

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2016年7月2日星期六

在留届と在外選挙人登録

 海外に3か月以上住む時には、居住地を管轄する大使館や領事館に在留届を出しておくとそこに住んでいるということが把握してもらえ、在外公館からのお知らせなどを送って貰えたりする(法的には、旅券法に基づく「義務」だそうだ)。さらにこの在留届を出しておくと、在外選挙人登録が簡単にできて日本で国政選挙が行われた時に投票ができるようになる。

 在留届は、インターネット経由で簡単に提出することができる。
 外務省の在留届電子提出システムのウェブサイトから指示に従って進んでいくと提出することができる。まず住んでいる地域・国・都市を選ぶと提出先とすべき在外公館が自動で示され、その後バスポート番号・氏名・住所等必要事項を記入して提出となる。
 提出する途中で既に提出された在留届があるかチェックするプロセスがあるのだが、今持っているパスポート番号等を入れてチェックしたところ、前のパスポートで届け出た上海の在留届の履歴が出てきた。勿論「帰国済み」のステータスになっているのだが、パスポートを更新しても前のパスポートの情報と繋がっているのかと、当たり前のことかもしれないが少し感心した。

 在留届を電子提出システムで提出すると、住所や氏名などが記入された在外選挙人登録用紙が自動でPDFファイルとして生成される。在外選挙人登録はその在外公館があるエリアに住んでから3か月以上経つと登録でき、申請はその前からでも可能なのでこのPDFファイルを持ってその在外公館に行けば簡単に申請できる。もっとも「簡単に」とは言ったが、書類を書く手間が省けるというだけであり在外公館に行かなければならないのでその点では少し面倒だ。
 在留届を出していれば提出後の期間が3か月経っていればそれで滞在期間を証明できる。出す前と出した後の合計で3か月だとか在留届を出していない場合は賃貸契約書など在留を証する書類が必要だ。

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 申請から1ヶ月程で、在タイ日本大使館から在外選挙人証が送られてきた。前は大きめの紙(文庫本くらいか)で2つ折りだったが、3つ折りにすればカードサイズになる大きさに変わっていた。
 投票できるのは日本で直前に住んでいた地域の選挙区であり、総選挙や参議院の通常選挙であれば選挙区と比例代表の2票投じることができる。他にもその選挙区で補欠選挙があれば投票をすることができる。
 申請から1か月ほどかかるので、選挙があると気付いて慌てて申請しても間に合わない場合もあるだろう。選挙を見越して、あるいは海外に引っ越して居所を決めたら早めに申請するのがよいだろう。
 外務省の在外選挙人登録に関する案内は、こちら

 投票の方法は、在外公館に行って投票する方法と郵送で投票用紙を取り寄せて返送して投票する方法がある。上海にいたときには後者で投票したことがあるが、近々ある参議院議員選挙は大使館に行って投票してみようと思う。
 今回の参議院議員選挙、日本での投開票日は7月10日だが、タイ日本大使館で投票可能なのは6月23日(水)~7月4日(月)まで(チェンマイも同じ)、公示の翌日から投票が可能だが最終日はその週の月曜日と早くなっている。選挙だからといって大使館員が増える訳ではないので仕方がないのか、あるいは投票用紙を10日迄に日本に送らないといけないなどやっているから期日が早いのだろうか。
 この在外公館の投票期間は地域によって違うようで、各地の在外公館のウェブサイトを見てみたら他の都市では7月2日(土)や3日(日)までのところもあった。通信事情が勘案されているのだろうか。日本から近いソウルや上海でも、最終日はバンコクと同じ4日(月)だった。

 上海にいた頃に申請した時の様子はこちら、さらに郵送で投票した時のことはこちら(1)(2)(3)。
 またこの在外選挙人制度、かつては比例区のみ投票が可能だったがそれは法の下の平等に反するとの判決が出て2007年から選挙区への投票も可能になり、日本在住者と同じ票数を持てるようになった。そのことはこちらこちら

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2015年1月3日星期六

バンコクに暮らす

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 去年の大晦日に東京を離れ、今年からタイ・バンコクでの勤務となった。今年はタイでは1月2日も祝日になっており、1日から4日まで4連休の後5日からバンコクでの勤務開始だ。
 仕事はどこでもやるべきことがあるとして、まずはこの街のことをよく知り、この街を、そしてこの街の人たちや文化を好きになるように心掛けたい。
 上海の時とは違い今のところ言葉も文字も全く解さないのだが、バンコクを、タイを知るためにもこのあたりも早くある程度わかるようになりたいし、早く自分の意思を伝えまた相手の話を理解できるようになりたいものだ。

 写真は今日の夕方、デパートやホテルなどが建ち並ぶ街中の交差点の一角にある寺廟。花を供え祈りを捧げる人や香の香りが夜まで絶えることがない。

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2011年7月23日星期六

『アナザースカイ』-台湾-を観て想う

 先週録画しておいた『アナザースカイ』を、1週間遅れで観た。石田ゆり子が、小学生~中学生の3年間を過ごした台北を26年ぶりに訪れる、という番組であった。昔乗った日本アジア航空の機内誌に石田ゆり子のインタビュー記事が載っていたのを覚えているが、台湾には26年間行ったことがなかったとのことだ。
 かつて住んだマンションを訪れ、かつての通学路を歩き、かつて学んだ日本人学校で手にすることのなかった卒業アルバムをめくったり同級生に再会したり、かつての自分と同じ年頃の生徒と話をする、という感じで番組は進んでいく。マンションではかつての同級生とその飼い犬の思い出を話しながら「今はどうしているかわからないけど」と言い、日本人学校では親の都合で転校せざるを得ない境遇を想い「刹那的」と言う。
 私は子どもの頃ではなく30代になって初めて住んだ海外が上海であり、そしてそこが今までで住んだ唯一の海外である。番組で彼女が言うには父親が「この国の文化を味わおうではないか」と言っていたとのことだが、私も海外に住むからにはその土地の市民であるべきではないかと思っていた。海外に行って働く本人はそうでも、子どもは親とはまた違う思いを持ちながら海外で暮らす、ということか。かつて通った柔道場の小学生たちも、そんな思いを持っていたのだろうか。
 そして、子どものみならず大人にとっても、「かつて出会った人たちはどうしているだろう」と思いを馳せることがあるだろう。やはり、今となってはどこに住んでいるのかわからない人が、かつて出会った人の中には少なからずいる。これは海外のみならず日本でもそうであるが…
 「アナザースカイ」とは言うが、かつて一緒に仕事をした人達や、一緒に週末を過ごした人達や、かつて通った食堂や商店の老板や老板娘が、同じ空の下のどこかで元気にやっていることを願いつつ、日々の暮らしを送りたい。

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2010年10月1日星期五

旅先通信・カナリア諸島編~「海外パケットし放題」を使う~

 8月のカナリア諸島旅行には、通信手段として無線LAN接続可能な小型PCと海外用の携帯電話、そして海外でも利用可能な日本の携帯電話を持参した。テネリフェのホテルで無線LANを利用しようとしたが速度がとても遅いので、日本の携帯電話を使いソフトバンクの「海外パケットし放題」を使ってインターネットに接続することにした。

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 海外利用可能なソフトバンクの携帯電話のスイッチを渡航地で入れると、自動で接続可能な携帯電話キャリアを探して接続する。そのキャリアが「海外パケットし放題」の対象だと、写真のようなSMS(メール)が飛んできて「海外パケットし放題」対象の接続がなされていることを教えてくれる。
 定額対象のキャリアを使っている限りは、本来1,980円/日の接続料が来年6月30日まで上限1,480円/日。動画を利用すると上限が2,980円/日になるらしいが、この料金を施行する時期は未定のようで、しばらくは前述の接続料が適用されるようだ。「1日」の単位が日本時間の1日であることに注意。カナリア諸島だと現地時間の午後3時で日をまたぐことになるので、昼間利用するには要注意だった。
 自動で接続キャリアを選んでいる場合は、ある時突然定額対象外のキャリアにつながることもあるので、後述の通り手動でキャリアを選ぶのが良いだろう。
 あるいは、予め対象のキャリアがわかっている場合は、手動で対象のキャリアを選んで接続するとやはりこのメッセージが飛んできて接続料上限ありの対象になる。

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 「海外パケットし放題」の対象外のキャリアに接続すると、写真のように「対象外のキャリアに接続された」という警告のSMSが飛んでくる。手動で対象=接続料上限ありのキャリアを選ぶ必要がある。











 スペインでは「海外パケットし放題」の対象になるキャリアはVodafone ESのみである。他のヨーロッパ諸国でもVodafoneが対象になっているのは、ソフトバンクの携帯電話網の前身がボーだフォンだからだろうか。
 台湾での「海外バケットし放題」対象はChunghua telecom中華電信・Taiwan Mobile台灣大哥大・VIBO威寶電信の3社。中国ではChina Unicom中国联通である。中国では日本と同形式の3G網を提供しているのはChina Unicomのみなのでここしか選べないのだろう。そのほか、対象のキャリアがある国や地域はこちら

 但し、音声通話が対象外なのは要注意である。携帯電話で電話をかける・受ける機会が多い場合は、現地でプリペイドSIMを買ったほうが良い場合もあるだろう。
 滞在期間が短い場合や今回のようにホテルのLAN接続が使い物にならない等の緊急手段としては「海外パケットし放題」は有効だと思う。私の場合は携帯電話の画面が小さいので完全にPCの代替というわけにはいかないが、大画面の携帯電話を持っている場合はこの料金でPCのように使うことができると思う。

 パケットし放題のほかに、やはりテネリフェ島のホテルでコインを投入してインターネットに接続する有料インターネットを使ったが、こちらは20分で1ユーロであった。一見高いようにも見えるが、必要な接続時間が短くて済む場合は「1日いくら」の料金体系よりお得である。

 海外でインターネットに接続する「旅先通信」、以前も書いたが昔に比べるとソフト・ハードともに敷居が低くなり便利になったものである。

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2008年2月12日星期二

「満足できる人生」

 前回『情熱大陸』で取り上げられた福田健二選手のことについて書いたが、彼と小学校・中学校・高校とずっとチームメイトで、やはり彼と同様に世界各地のリーグでプレーしてきたサッカー選手がいる。現在東京ヴェルディに所属する廣山望選手がその人である。ここ3年余りはJリーグでプレーしているが、その前はパラグアイ-ブラジル-ポルトガル-フランスと海外にプレーの場を求めていた。
 彼が約3年前、日本に戻って暫くしてから応じたインタビューが、Jリーグ選手協会のウェブサイトに載っている(1)(2)(3)。その中で彼が海外移籍の動機を述べたくだりが気になった。

 中田英寿の成功以来、日本の多くのサッカー選手が海外でのプレーを希望する。「職業として成功し、多額の年俸を得る」廣山にもそういった選手たちと同様に、サッカーで成功したいという夢があった。ただ彼には「島国的な日本から飛び出して日々を暮らしてみたい」という、生活としてのシンプルな希望もあったという。

「もちろん、サッカーで成功したいという気持ちはありました。サッカー選手ですからね。だけど、それと同じくらい日本という鎖国的なところから飛び出して、世界で生活してみたいという欲求が僕にはあったんです。世界で起こっている出来事に――例えばイスラエルとパレスチナの問題とか――非常に興味があったんです。でも、日本にいるとそういう問題がニュースで流れていても、テレビの中だけの話のように感じてしまう。そんな非現実的な感覚がありますよね。どんな大きなニュースでも他人事みたいに思えてしまう。これはまずいなと思った」

 ずっと前に、彼が海外移籍をした頃にどこかの新聞でもやはり同じことが書かれていたのを目にした記憶がある。別にどこかのチームのコアなサポーターでもなく、Jリーグの試合をスタジアムで見たことがない私でも、この言葉がとても気になった。私はある時期中東研究をしている師匠に師事していた時期があり、だから目に留まったのかもしれない。
 日本にいても意識すれば彼が言う「イスラエルやパレスチナの問題」に代表される「世の中の出来事」を「他人事」ではなく我が事として捉えることは可能だと思う。しかし、前回も書いたがプロサッカーの世界はシビアであり、結果が出ないと戦力外通告が待っている。そうした中では、サッカーにより力を注ぎ生き残っていくという選択をとる人も多かろう。しかし、世界で起こっている出来事を他人事として捕らえている自分に危機感を抱いたことを海外移籍の動機として挙げたことが、とても驚きを持って目に入ってきた。

 彼が海外リーグを渡り歩いていた頃に密着した本『此処ではない、何処かへ―広山望の挑戦』にはこういうくだりがある。

「有能な日本人選手は世界中に散らばっていく。(中略)そうした意味で、広山は特別な存在ではない。
 ただ、広山が少し違うのは、国外のクラブに移って良質なサッカーをすることに加えて、自分が満足できる人生を送ることにこだわったことだ。日本代表や年俸よりもそれを優先し、迂回することさえも厭わなかった。そこに同時代の一人の人間の姿を僕は見るようになっていた。」(p.241-242)

 実際にはチャンスがあれば日本代表に選ばれたほうがいいだろうし、年俸は高いほうがいいだろう。大事なのはそれに加えてそうした条件を取捨選択し惑わされることなく「自分が満足できる人生を送ること」であり、そしてこれはなかなか難しいことだと思う。

 私も「イスラエルとパレスチナ」に示されているような社会とのつながりなり世の中や街への視点なりをなくすことなく、満足できる人生を生きられるように日々励みたいものだ。

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2008年2月10日星期日

その街を好きになること

 日付では昨日になってしまうが、夜TBSの『情熱大陸』においてスペインのリーガ・エスパニョーラ2部でプレーするサッカー選手・福田健二選手を取り上げていた。
 去年スペインを旅行したときに彼が出た試合を見た。そのとき彼はヌマンシアに所属しており、年間10ゴールを決めその年に地元メディアが選ぶチーム最優秀選手に選ばれた。私が見た試合でもゴールを決めていた。よく報道される日本人選手の海外移籍に隠れてこそいるがいつも自らの実力で契約を勝ち取り、今シーズンはカナリア諸島のUDラス・パルマスに移籍したが、怪我もあり思うような結果が出せていないようだ。番組では結果を出せないことに対する周囲の厳しさと本人が感じているもどかしさを主に取り上げているようであった。
  番組でも少し触れられていた幼少期の生い立ち、そして彼に遺された「好きなサッカーで/世界に胸を張れる/選手になって下さい」という3行の言葉についてはNumberで取り上げられ(ここで見ることができる)、またそれにヌマンシア在籍時の生き方を主に家族とともにスペインを渡り歩く様子を書き加えた本が最近出ている。

 そんな福田選手が2年前(前々所属チーム・カステリョンを退団した頃)に応じたインタビューがある(1)(2)(3)。その中で「日本人選手が海外で活躍するために必要なこと」という問いに対して彼はこう答えている。

「そこの街を好きになることでしょうね。例えば、その街の1つの建物を見て、良い建物だなと思えばそう見えてくると思うんです。1つを悲観的に見てしまうと、そこからすべてを悲観するようなことにもなりかねない。その街の人や文化を含めて好きになることが必要なんだと思います」

 海外に限らずまたサッカーに限らず、我々はある街に身を置きつつ仕事なり学問なりと生活を営むわけである。リタイアした人だとより街を意識することが多いかもしれない。
 他方、仕事でうまくいかないこともあろう。今の福田選手もそうした感覚を持っているかもしれない。また転勤などの際に、その街に身を置くこと自体が本位ではない、と感じる人もいるだろう。
 良いことも悪いこともある、愉快なときもそうでないときもある日常において、周りの暗部に目を向けるのか良いところに目を向けるのかでは心の持ち方が明らかに違ってくる。うまくいかないときに酒を飲みながら愚痴るだけで終わるのか(前も書いたかもしれないが、前任地の日本飯屋ではそういう人を少なからず見かけた)あるいは気に入った風景を見つけて気分を新たに挑むのとではその後の結果も違ってくるだろうし、日々の心の持ち方も違ってくるだろう。

 前述の『情熱大陸』ではむしろサッカー一筋という取り上げられ方をしていた福田選手だが、そんな彼が活躍するために必要なこととして「その街を好きになること」としているのは含蓄に富んだことだと思う。「その街を好きになる」というのは、そこにずっと住み続ける場合だけのことではないのだ。

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2007年7月29日星期日

住民登録と期日前投票

 海外からの転居に限らず、引越しというのは何かと手間がかかるものである。家財道具を始め持ち物を動かすのもそうであるが、住民登録やそこに至るまでの、あるいはそれ以降の行政手続も面倒である。
 海外から日本に引っ越す場合、もといた市町村に戻るのでなければ住民登録に際して戸籍謄本・戸籍の附表の提出を求める自治体が殆どである。これに入国記録が確認できるパスポートを持参して、住民登録の申請を行うのである。だいたい役所というのは平日のオフィスアワーしか開いていないので時間を融通してこれらをこなす必要がある。自治体によっては休日開庁をしているところもあるようだが、休日に何ができるのか具体的に知ることができるのはそこに住み始めてからであろう。
 この住民登録、「住民基本台帳法」では転入後14日以内に届け出をしないといけないとされており、海外からの帰国の場合も特例はなく同様の手続きが求められている。しかしながら、現実的には出国前に持ち家がありかつそこにすぐ住めたり、勤務先に社宅があったりするのでなければ、帰国後14日以内に居住地を決めて住民登録をするのは難しいと思う。日本で住んでいたところを引き払って海外に住み、また日本に戻ってくるのであればなおさらである。私の場合、帰国->翌日に部屋探し->審査が通り次の週末に契約、ということで帰国後1週間で住む部屋を見つけることができたが、納得のいくまで部屋探しをしたいという向きには14日以内に居住地を決めることはできないだろう。その場合には仮住まいの場所で一旦住民登録をする必要があるが、正直平日にもう1回役所に行く必要があるというのはこれまた手間である。
 某参院選候補者のように3年間も登録せず放っておくのは問題だが(勤務先もどこに住民税を払ったらいいのか戸惑うだろう)、例えば1ヶ月以内なり90日以内なり、もう少し現実に即した余裕が欲しいものである。

 ということで必要に迫られて戸籍謄本と附表を取り寄せた。昔は手書きで書かれており、また亡くなった人のところにはバツがしてあったりと本当に「戸籍の 写し」という雰囲気の戸籍謄本だったのだが、私の本籍地ではある時に戸籍の改製をしたようで、ワープロ打ちの謄本なり附表の写しが送られてきた。
  この戸籍の附表には私が上海に住んでいたことも記されているが、それに加えて「在外選挙人名簿登録市町村名」として出国前に住んでいた場所が記されてい る。この場所も含めて改製以降に住んだ場所は全て「かつての住所」として横棒で消されつつ記されているのであるが、在外選挙人としてどこに登録している か、登録していたかも記されており、それが私の「記録」として残っているのは興味深い。

 さて今回の参議院選挙であるが、住民登録後数日しか経っていないため転居先での投票はできない。他方私は上記の通り在外選挙人登録をしていたのだが、この場合には出国直前に住んでいた自治体での選挙権がある。上海の領事館には転出届を出していたが転居先の選挙人名簿に登録されるまではそちらでの投票が可能なので、以前住んでいたところに期日前投票に行ってきた。電車に乗って投票に行くわけであり、何故か投票するにも「選挙には金がかかる」(といっても数百円のことであるが)状態である。期日前投票は在外選挙人登録をした人でもその自治体に住んでいる他の住民同様の場所でできるし、当日投票の場合にどこで投票できるかは選挙管理委員会に電話すれば教えてもらえる。
 投票も在外選挙人登録だから面倒だということはなく、宣誓書を書いている間に登録内容を確かめてもらい投票用紙を交付した旨を登録票の裏に記載してもらい、待たされることもなく投票することができた。以前の不在者投票と違いレジャーで不在の場合も期日前投票ができるということもあり、少なからぬ人が期日前投票をしていた。
 なお、今回の選挙から在外選挙でも日本同様に比例区・選挙区の両方に投票が可能になった。海外に住んでいると選挙区候補にはあまり関心が持てないかもしれないが、図らずも帰国後すぐのタイミングで選挙があったのでポスターが掲示板に貼られている、あるいは選挙公報に名前が載っている候補者の中から選挙区に投票できた。
 この在外選挙人登録証、国内の転居先の選挙人名簿に登録されたら返納しないといけない。いつ登録されるかは私には見えないのだが(予想はできる)、返送しておこう。
 ちなみに転居先では、最寄りの駅前に期日前投票の場所が設けられていた。選挙というのは自分の住んでいる国なり地域なりについて考える良い機会になるだろうから、こうした機会をより多く得るチャンスを自治体が提供しているのは良いことだと思う。

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2007年2月8日星期四

「一生幸せに生きていける」

 突然サッカーの話、しかも愛媛の話である。
 『ズーパー―友近聡朗の百年構想』(愛媛新聞社)という本を読んだ。この本の主人公である友近聡朗氏はFC愛媛でプレーし、昨年現役を引退した元サッカー選手である。
 彼は大学サッカーでプレーした後Jリーグ入り直前までいくが叶わず、ドイツに渡る。そこで4部リーグや7部リーグでプレーし、こうした下部リーグにも芝生のグラウンドを始めとした立派な設備が整えられており、しかも芝刈りやシャワーの水道代などクラブの運営に自治体の手厚い援助があることに驚く。そして、チームが街の人たちから愛され、街と不可分になっていることに深い感銘を受ける。
 サッカーを愛する人にとって素晴らしい環境であり彼もそのままドイツにいれば幸せに暮らせると考えるのだが、彼は帰国の道を選ぶ。この環境が愛媛にあってもいいではないか、と思って。そして、地元愛媛が彼が暮らしたドイツと同じように「このチームを応援していれば、一生幸せに生きていける」「愛媛にJリーグができれば、そこがディズニーランドになる」ことを目標に、「百年構想」でこれらを実現させることを思いつつ愛媛FCでプレーし、チームはJリーグ昇格を果たしたのである。

 この街がいい、この街に住みたい、と思って外国に居を定めるというのはよくある話であるし、気に入った街に住めるのであればそれはいいことである。「この街が好きだ」と言える街に住んでいることはある意味うらやましいとも言えるし、ましてや彼のように「この経験を持って帰ってみんなに伝えたい」という街に出会えることは幸せであるというべきであろう。
 他方、転勤やもろもろの事情で自ら居を選択することができず、外部からの命に沿ってある街に住むことを選んだ人も多いだろう。私もその1人である。そうこうしているうちにその街に住み着き、あるいはまた何かの事情で他の街に移り住むこともある。どこに住むかというのはある意味「縁」のようなものであるし、その中で気にいった街に出会えるかどうかというのも「縁」であろう。
 上海にいると「好きで来ているわけではない」「仕方なく来ている」と愚痴をこぼしながら酒を飲んでいる人がたまにいるが、それでは「そこにいるあなたは何なんだい?」ということになってしまい、暮らしていてストレスのスパイラルでちっとも楽しくないのでは、と思う。
 上海の街が「一生幸せに生きていける」と思えるかどうかはわからないし彼のような思いが上海で味わえるかもわからないが、いつも思っていることだが「楽しみを見つける」ことは心掛けたいと考えている。

 ところで前述の友近氏、来る参議院選挙に民主党からの出馬要請を受けて出るようである。彼が議員に相応しいかを選ぶのは、他ならぬ愛媛県民。
 結果は当落の何れかだが、どちらにせよ彼がドイツで感じた思いが愛媛の人達、ひいては多くの人達に伝わりそれが具現化することを願いたい。

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2006年12月10日星期日

続・銀聯カード

 以前中国のキャッシュカード『銀聯カード』について記事を書いたところ、「銀聯カードのマークは『某大手旅行会社と勘違いされることもあるアルファベット3文字のクレジットカード会社』のマークに似ている」とご指摘をいただいた

Img_3098  そのときコメントした通り、「『某大手旅行会社と勘違いされることもあるアルファベット3文字の会社』と提携した銀聯カード」がある(写真にしてしまったら伏せ字の必要はないか)。使っている色も並びの違いこそあれ一緒だし、いいのだろうか。もっとも、見たらすぐ「どちらが銀聯カードでどちらが『某大手旅行会社と勘違いされることもあるアルファベット3文字の会社』(くどい?)を表しているか」はすぐわかるが。

 中国銀聯のウェブサイトには銀聯カードのマークの由来は紹介されていないようだが、由来を聞いてみたいものである。

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