台湾

2019年5月31日星期五

2019年4月・台湾海峡 船の旅 (12) 金門包丁

Dsc_0806  先月金門島を訪れた時のことで書き忘れていたのだが、土産に「金門包丁」を買ってきた。この金門包丁、嘗て中国人民解放軍が金門島に打ち込んだ砲弾を原料として造られているのだそうだ。

Dsc_0477_1 Dsc_0473_1  清金門鎮総兵署の隣、「金合利鋼刀」という店で手に入れた。店内には包丁やナイフの数々や、原料の砲弾が置かれている。私が入手したのは小さめの包丁だが、アーミーナイフのような小さなものからより大きな包丁までいろいろな種類が店内にある。
 砲弾が撃ち込まれるほどの戦いからは半世紀以上が経っている。「今でも砲弾を原料に作っているのか?」と尋ねたところ、その通りとのことだった。
 日本で放映された『呉さんの包丁』という映画で、金門島の砲弾から作られる包丁とそれを作る人にまつわるドキュメンタリーがあった。今はその砲弾を撃ち込んだ側の大陸の人達もこの包丁を買えるようになり、実際に買う人も多いのだとか。

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2019年5月2日星期四

2019年4月・台湾海峡 船の旅 (11) テレサ・テンの墓と野柳地質公園

 前回の続き。今回の旅では台湾海峡を船で渡ったが、基隆から厦門へ向かう船は日曜日の18時発。その日の午前中を使って、台北の北にあるテレサ・テンの墓(筠園)と自然が作り出した奇岩がならぶ野柳地質公園を観てきた。
 旅の始まりのことを最後に書くことになったが、その時のこともぼちぼちと。

Dsc_0095  台北からバスを乗り継ぎ、金宝山という墓地の一番ふもとにテレサ・テンの墓がある。晩年(といっても40代なのだが)に歌っている様を表した像の奥にテレサ・テンは眠っている。墓に近づくとテレサ・テンの歌が流れる仕組みになっている。私が訪れた時に流れたのは日本では歌われていなかった台湾での歌なので、没後20年以上の時を経ているにもかかわらず新鮮な気持ちで聞いた。
 昨年の4月にはテレサ・テン終焉の地となったThe Imperial Mae Ping hotelを訪れ、そして今年の4月には彼女の墓を、とここ2年の4月にはテレサ・テンに縁の地を訪れたことになる。

P4140058 P4140051  続けて訪れたのは程近いところにある野柳地質公園。地殻変動や風食などで形作られた不思議な形をした岩が並ぶ。

P4140082 P4140064 P4140089  岩だけでなく、この公園の地形を見ても長い間の自然の営みでこの野柳が形作られたのがわかる。

P4140091  木やキノコのようなものばかりでなく、亀の甲羅の形をした岩も。

P4140074  野柳地質公園あたりの海の水は、澄んでいてきれいだ。
 週末に来ている台湾の人や遠路はるばるやって来る中国や韓国の人が多かったが、中には「ヌーン・ソーン・サーン」の掛け声で写真を撮るタイの人達も。それから、園内では台湾で働いているであろうインドネシアの人達が通りの脇やベンチでシートを広げて、故郷の食事を持ち寄って歓談しているのを見かけたのも印象的だった。

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 テレサ・テンの墓(筠園)や野柳地質公園へは、台北からバスで行くことができる。台北駅北にある国光客運のバスターミナル(桃園空港行きのバス乗り場と同じところ)から、1815路のバスが金山方面へと向かう。頻度は朝昼で15~20分間隔のようだ。
 この1815路バスは空港バス同様の長距離バス仕様なので、快適に移動することができる。
 1815路バスは野柳を経由して金山、さらにその先の金山青年活動中心もしくは法鼓山行きなのだが、野柳で降りてバス停後方の道を折れ5分程歩くと、野柳地質公園に行くことができる。筠園を目指す場合は更にバスに乗り「金山」で降りるのだが、この「金山」のバス停は他のバスの「金山郵局」という名前のバス停であり、他のバスが「金山」として名乗っているバス停へは前方500メートルくらい進む必要がある。
 後者の「金山」バス停から「台湾好行」バスの「皇冠北海岸線」と名付けられている862路のマイクロバス(淡水行き)が1時間に1本出ているのでそれに乗ると筠園ぶ行くことができる。ややこしいのはやはり淡水を目指す「862路」の大型バスがあり、このバスは筠園を通らない。マイクロバスの862路に乗る必要がある。
 862路マイクロバスは頻度が多くないので、時間が合わなければ付近で客待ちしているタクシーで往復するのも良いだろう。

 金山から野柳へは、前述両方の「金山」バス停(前者は金山郵局とも)からいくつかの路線が野柳に向かっている。
 台北から金山まで1時間20分程。野柳と金山の間は15分程だ。

・交通部による「台湾好行」ウェブサイトの「皇冠北海岸線」のページ。バスの動静案内も。この路線に限らず、スマートフォンを持っていればバス停のQRコーから最新の到着・出発予定やバスがどこを走っているかわかるので便利だ。
・国光客運による1815路バスの紹介ページ。こちらにも動静案内がある。

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2019年5月1日星期三

2019年4月・台湾海峡 船の旅 (番外編) エバー航空・Hello Kitty Jet

P4170860  台湾・厦門・金門島を駆け足で巡る旅を終えてバンコクへ戻る際、桃園空港の待合室の窓から見えたエバー航空のハローキティジェット(Hello Kitty Jet)。
 エバー航空は前から「キティちゃん」始めサンリオのキャラクターを機体にあしらった飛行機を飛ばしてきたが、その後種類は増えて7機が飛んでいるそうだ。キティちゃんが主役のものばかりでなく、今は「ぐでたまジェット」などというものもあるそうで、写真の飛行機も「バッドばつ丸」というキャラクターが主役の飛行機だ。

P4170861  さらにその後すぐ、別のハローキティジェットが目の前を離陸していった。短い待ち時間の間に2機も見ることができたのは面白い。

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 エバー航空による、Hello Kitty Jetのページ

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2019年4月・台湾海峡 船の旅 (10) 金門島・金城老街

 前回の続き。莒光楼から歩いて金門島の中心地である金城の街に戻り、しばし散策する。
P4160818  途中で見かけた、許允選洋楼なる建物。金城の中にもこのように歴史を感じる建物が所々にある。

 金城の街を斜めに走る、金城老街。
P4160822  老街の入口に立つ門は、邱良功母親孝坊。この地で生まれ生後すぐ父親を亡くし、母親の手で育てられた邱良功が長じて将軍となり武功を立てた後、その母親を顕彰するために建てた牌坊。

P4160825  金城老街は観光客向けばかりでなく、果物屋・八百屋・飲食店や洋服店などここに住む人にとっての商店街でもある。夕方は少し寂しめだったが、夜になるとあちこちの飲食店には人が多くやって来ていた。

Dsc_0476  老街の中程にある、清金門鎮総兵署。明代に金門島から進士になった人が勉強していた場所に、清代に軍事関係の役所を建ててその後民国期も行政の中心として使われていたそうだ。
 展示館の類としては珍しく、夜22時まで門を開けているそうだ。

Dsc_0479  総兵署の門前にある小さな飲食店で食べた広東粥。味付きのスープに具を入れて煮る広東粥が金門島の名物の1つなのだそうだ。

P4160831  総兵署を過ぎてさらに北へ。飲食店以外は寂しい感じだ。

Dsc_0485  そんな中で見つけたのが駄菓子屋。日本のそれと同じく瓶に入ったり箱詰め・袋詰めになったりした駄菓子が所狭しと並べられていた。


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2019年4月・台湾海峡 船の旅 (9) 金門島・戦跡巡り

Dsc_0441  前回の続き。金門島には島内を巡るバスツアーが4ルートあり、金城ターミナルからは午前にAルート・午後にBルート、山外ターミナルからは午前にCルート・午後にDルートというように時間と出発ターミナルで周るルートが異なってくる。今回は金城ターミナルから午後に出発するBルート、島の北西部を中心に中国との戦いの戦跡を巡るバスに参加した。写真は金城バスターミナルにあった、昔の様子を描いた絵画。

Dsc_0388 Dsc_0393  13時30分出発予定だったが、バスに乗ったと思ったら人数確認だけでその場ですぐ降りてバスターミナルの2階へ。金門島には軍事用や避難用に地下トンネルが張り巡らされており、その展示を観た後で実際に地下トンネルを歩く。地下トンネルはバスターミナルから500メートルほどのところにある金門県政府で地上に出るのだが、今でも灯りは最小限になっているところもあり暗闇に近いところを歩く場所もある。

P4160760 P4160755 P4160759  改めてバスに乗り、まず向かったのは金門和平記念公園。台湾海峡の戦いに功績があった胡璉将軍を記念して作られた公園で、到着するとまず胡璉の生涯と戦績に関するビデオを見る。園内には防空壕の跡や平和を祈念する碑文があるほか、変わったところでは金門島名産の牡蠣にまつわる展示をする建物もあり、牡蠣が美味であるのみならず殻も産業用に役立っていることなどのプレゼンテーションがある。

P4160765 P4160768  公園からすぐのところにある「北山洋楼」という建物の壁には当時の銃弾の穴がそのまま残っていて、戦闘の様子を今に伝えている。

P4160790 P4160784 P4160781  島の北西の海岸に近いところにある、古寧頭戦史館。ここで見たビデオは古寧頭の戦いで当時軍民一体となって共産党軍の金門島占領を阻止した様を紹介するとともに、この戦いのおかげで今日の台湾の発展があるのであり今後このような戦いなく平和な時代への願いを老人と子供の対話で伝えるものだった。
 ビデオと館内の展示を観た後は海岸に近づき、嘗ての最前線を眺める。

P4160803  慈湖三角堡。かつての海岸線の守りを表す戦車の向こうには、小金門島と金門島を結ぶ橋の建設現場が見える。
 国民党政権が台湾に移転したのが1949年、その年に共産党の金門島占領を防いだ古寧頭の戦いとその指揮を執った胡璉を紹介する場面が多かったのが印象的だった。

P4160811 バスツアーを終えたのは17時頃。ツアーに含まれていなかった莒光楼にも足を運んだ。金城バスターミナルから15分程のこの中国風の建築物は、見た目に比べて新しく1953年に「大陸反攻」のシンボルとして建てられたもの。台湾の列車種別にも使われている「莒光」の名は、蒋介石が唱えたという「毋忘在莒,光復大陸」のスローガンに因むものだ。
 ここでも胡璉が紹介されていて、金門島の現代史において共産党を撃退したことを重要視しているのがわかる。
 今でこそ小三通があり、嘗て行われていたという相互の挑発放送もなく平穏に過ごすことができる金門島だが、最近まで「敵」と対峙する最前線であったことを午後に周った各地は伝えてくれる。

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 金門島内のバスツアーの案内は、「台湾好行」なる交通部観光局による観光案内ウェブサイト内のこちらのページ。上述した4ルートに加え、期日限定のバスツアーもあるようだ。

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2019年4月27日星期六

2019年4月・台湾海峡 船の旅 (8) 金門島・水頭集落と金門民俗文化村

 前回の続き。小三通で金門島に到着し、港にある観光インフォメーションで見どころについて尋ねる。半日行程の観光バスが合計4ルートあるのだが到着したのは10時30分過ぎ、午後からの戦跡めぐりコースに参加することにして、それまでの時間は金門島の建築群をタクシーで見てまわることにした。

P4160665 P4160668 P4160671  まず向かったのは港から程近い水頭集落。手前に見える得月楼に代表されるように、手前には西洋風の建物が並ぶ。この地から東南アジア各地に出て行って財を成した人たちが帰ってきて建てたものだとかで、その東南アジアはヨーロッパの影響を受けてコロニアルな建物が並ぶ街並みだったのだろう、それをここに持ち帰ったので洋風になっている。

P4160675  高いところから見た水頭集落。赤い屋根の向こうに見える平屋の建物は小学校、つい最近まで現役で使われていたそうだ。

P4160679 P4160684  一転、奥には閩南の伝統様式の建物が並ぶ集落が。あまり人が見えないが、バスケットゴールがあるので今でも人が集まるのだろう。手前の西洋風建築との対比が面白い。

P4160700 P4160703  この水頭集落や金門港は島の西側にあるが、島の東端に近いところには金門民俗文化村がある。島の端から端まで走って、タクシーで30分強の道程だ。

P4160706 P4160710 P4160714 P4160707  こちらは閩南の様式の建物が保存されている集落だ。立派な屋根と、書や絵画で門前を飾る豪華な佇まいが印象的だ。

P4160719  ここ金門島には、嘗て台湾の宜蘭で見たり日本の石垣島で見たりしたような石敢當の文化があるようだ。軒先でアイスクリームとともに石敢當のミニチュアを売る店があった。

P4160728  文化村の脇には防空壕が。尤も屋根にはコスモスの花が咲き、入り口は日曜菜園のような小さな畑に政治家の選挙用の幟が建てられており、金門島が緊張の最前線であった頃との違いを感じる。

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2019年4月・台湾海峡 船の旅 (7) 「小三通」で厦門から金門島へ

 前回の続き。今では中国と台湾の間を直接結ぶ飛行機も飛んでいるなど両者間の往来は簡単になったが、嘗ては「小三通」と呼ばれる、厦門とその沖合2キロ弱にある中華民国支配下にある金門島との間を結ぶ船(後に「小三通」には福州とやはり中華民国支配下にある馬祖島との往来が加わる)のみが両者を直接結ぶ線だった。「小三通」が解禁されたのが2001年、当時は中国と台湾の人しか利用できなかったがいつしかその一部航路は外国人も利用できるようになった。「小三通」より広範囲な通航、台湾各地と中国各地を結ぶ船や飛行機も、今でこそ直行しているがかつては船は石垣島経由(寄港せず沖合で入出国手続きだけする)で、飛行機は香港上空を飛ぶなどして「直航していない」の建前を維持している時期があった。
※中華民国側も金門島は「中華民国台湾省」ではなく「中華民国福建省」に属する、という建前にしているので表現が正確ではないが…
 一度は通りたいと長年思っていた「小三通」だが、開始以来18年越しに実現することができた。

P4160637  厦門から金門島へ向かう船のうち、外国人が利用可能な航路は厦門島の東側にある五通ターミナル(五通碼頭/五通码头)から出発する。厦門島の西側に宿を取っていたのでそこからタクシーで移動、朝だったので渋滞もあり40分くらいかかり運賃は約60元だった。
 五通ターミナルで金門島行きのチケットを購入、直後に出発する船のチケットを買うことができた。こちらの運賃は港湾利用料等込みで155元だった。

P4160643  30分~1時間おきに船は出航し、何隻かの船でこの航路をカバーしている。出航直後に、金門島から厦門へ向かい入港しようとする別の船とすれ違う。

P4160649  五通ターミナルを振り返る。赤い船には「和平之星」という名前が付けられている。

P4160654  陸地に見える灯台。その周りにある建物は、いかにも中国の各都市に昔からある建物という風情だ。

Dsc_0316  船室の様子。快適な座席だ。2階建てなのだが2階は商务舱(ビジネスクラス)で別料金、殆どの乗客は1階席に乗っていた。
 船内では大陸からの携帯電話の電波が台湾に着くまで通じている。金門島でも大陸の電波を拾うことが珍しくないとかで、金門島にいて台湾の電波を掴んでいるつもりで台湾に電話したつもりがうっかり国際電話、ということもありそうだ。

P4160659  金門島の隣にある「小金門」とを結ぶ小船だろうか。金門島と小金門の間では、現在橋を架ける工事を行っている。

P4160661 P4160663 P4160664  30分程乗ったところで金門島の水頭碼頭に到着。中国からの旅客に「金門歓迎您」という表現はそれこそ昔では考えられないことだっただろう。

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 厦門―金門を結ぶ小三通の時刻表は、台湾側の交通部航港局のウェブサイトにアップされている。

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2019年4月23日星期二

2019年4月・台湾海峡 船の旅 (2) 続・「中遠之星」に乗って基隆から厦門へ

 前回の続き。基隆港を出発した「中遠之星」は、一路厦門を目指す。

P4140275 サービスカウンターの横には、この「中遠之星」が中国を代表する海運会社であるCOSCOの系列会社の運航であることからか同社のコンテナ船の模型が置かれている。
 その上には免税品の価格一覧。ビールはRMB10、あまり安くはない。

P4140279 船内の食堂。この日はまず団体客を出航前から案内しており、個人客は出航後の19時30分から食事が可能とのことだった。
 食堂の赤いスローガンからわかるように、乗組員は中国の人達。乗船時は大勢の客が一度に押し寄せるせいか船室の案内も大声を張り上げながらだったが、出航後余裕ができてからは皆「熱烈服務」だったと思う。

Dsc_0215Dsc_0216   食堂のメニュー。あまり種類は多くない。
 RMB100=NTD480に換算して支払いが可能だった。
 「闽南海鲜面」を頼んでみたが、コシのない伸びたような麺で今一つだった。ビールとあわせてNTD216だった。


P4150283  翌朝、船は既に厦門に近づいている。

Dsc_0217  朝食は無料だ。やはり団体客を朝6時から案内し、彼らがひと段落してから個人客を案内していた。朝食が気に入らない人の中には、予め基隆で買ったものを食べている人もいた。

P4150285  行き交う小船の向こうには厦門のビル群がうっすらと見える。

P4150294  厦門のコンテナターミナルの横を通り過ぎ、厦門島の高層ビルを横に見ながら進む。

P4150293  この「中遠之星」は、厦門島の西岸にある東渡ターミナル(東渡碼頭/东渡码头、厦门东渡国际邮轮中心)に到着する。ここを目指し、厦門島沖合の観光地であるコロンス島(鼓浪嶼)の横を通り過ぎていく。

P4150298  ターミナルには朝8時過ぎに到着したのだが、税関の人達の勤務時間の関係とかで下船できたのは9時30分。下船する時もやはり貨物用の出入口から下船だ。

P4150296 P4150299  「国際郵輪中心」の名にふさわしく、この日は大型客船が停まっていた。
 この船に乗ろうという人達でターミナルは大混雑だった。のみならず、キャッシュディスペンサー等下船してから利用したいエリアが乗船客だけ立ち入り可のエリアになってしまい、警備員に告げて入れてもらうことができた。


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2019年4月・台湾海峡 船の旅 (1) 「中遠之星」に乗って基隆から厦門へ

 このソンクラン休暇を利用して、台湾と中国の間を船で行き来する旅をしてきた。台湾・基隆(キールン)から船に乗り大陸側の厦門(アモイ)に行き、さらに厦門からはいわゆる「小三通」、厦門と金門島を結ぶショートトリップの船で金門島へと向かう旅をしてきた。まずは基隆―厦門の船旅の様子から。
 基隆と厦門を結ぶ旅客航路に予約を入れようと思って台湾側の窓口に電話したところ、インターネットでの購入はできないので直接基隆のターミナルで切符を購入してほしいとの回答だった。中国側のウェブサイトやctrip(中国の旅行予約サイト)では空席状況がわかり予約もできそうなのだが、支払の段階になって海外のクレジットカードが使えない。中国や台湾に住んでいなければ事前の購入はできなさそうだ。席が埋まっていたらと些か不安だったが、現地購入しか手段がないのであれば仕方がないので予約は諦めて台湾へ向かい、基隆港へ。

P4140160  基隆での乗り場は「西岸旅客中心」(West Passenger Terminal)。台湾海峡の東側なのに「西岸」、という訳ではなく基隆港の西岸、という意味だ。台鉄基隆駅からだと、駅を出て左を向くとターミナルが見え、歩いてすぐの距離だ。

P4140172  ターミナル手前が広場になっていて、そこから今回乗る船を見る。「中遠之星」(COSCO STAR)という船だが、ターミナルからは遠く離れた貨物用の埠頭に停まっている。
 基隆発が日曜日夕方、厦門着が月曜日朝の航海だ。

Dsc_0151 Dsc_0152  ターミナルの窓口で切符を買おうとしたところ、「今日は『豪華B』クラスしか空いていない」との返事。情報によっては船内はガラガラとの話もあったが、かなりのベッドが埋まっているようだ。運賃NTD3,140プラス燃料代・施設使用料計NTD550のあわせてNTD3,690を払う。クレジットカードは不可だった。ターミナル内にキャッシュディスペンサーがあるので、いざとなればそこでキャッシングはできる。
 出国手続きの際にまず「散客」(個人客)が集められたが、全部で10人程だった。つまりは満席近い船客の殆どは団体客のようだ。見たところ厦門近辺の福建省各地からのツアー客の帰りなようだ。
Dsc_0159  ターミナルから船が停まっている岸壁へはバスで移動。バスが10台くらい連なって待っていた。岸壁までは1km以上走って到着。

P4140185  「中遠之星」はRORO船(車輪の付いた荷台に載せた貨物や、車を運ぶ船)。旅客も貨物の積込口から船に乗る。

Dsc_0168  船内には急な傾斜が。たくさん荷物を持った旅行客は乗りにくそうだ。

Dsc_0173_1  船内の貨物用スペースには「安全第一」「禁煙」等の文字が。漢字とは言え中国語にはない表現だが、この船は元「さんふらわあ みと」。かつては日本の苫小牧と大洗を結ぶ航路を走っていたようだ。その後韓国系のパンスターフェリーに売船され大阪―釜山間を結ぶ「PANSTAR SUNNY」になり、更に中国のCOSCO(中国遠洋運輸)系の会社に売船され今の「中遠之星」になったのは2009年、それ以来台湾と中国を結ぶ各航路に入っている。

P4140193 P4140194  旅客スペースに入り、フロントと免税店。

P4140190  今回乗った「豪華B」船室。6人掛け2段ベッドで1部屋だ。一番廉価な「標準房」は船の中央部の窓がない船室、「豪華C」は窓があるへや、「豪華B」は室内にシャワーとトイレがあり(標準房と豪華Cは共用のシャワースペースとトイレ)…という感じでグレードがアップしていく。「標準房」~「豪華B」まではベッドは同じと見え別に部屋にシャワーがなくてもよかったのだが、空いていないので仕方がない。
 この日同室だったのは仕事で厦門・香港・台湾を行き来しているという香港の人と、やはり仕事で台湾と厦門を行き来している台湾の人だった。

Dsc_0181 Dsc_0182  共用の浴室。もっとも湯船は使えずシャワーのみだ。「さんふらわあ みと」時代からのコインロッカーも残っているが使えない。
Dsc_0180  旅客スペースにも、日本のフェリーだった頃の名残で日本語の注意書きが。

P4140202  18時の出発予定まで甲板で港を見ながら過ごす。

P4140203P4140200  小さなコンテナ船が横を通り過ぎていく。20世紀や21世紀ごく初めは中国よりも台湾のほうが荷量が多かったのだが、いつしか台湾と中国の荷量は逆転し船会社の戦略もあり台湾の港による船は大きい船への接続に使う船(フィーダー船)等小さな船が多くなってしまった。

P4140240  基隆と馬祖島を結ぶ船「台馬之星」も暗くなる前に横を通り過ぎていった。

P4140253   18時出発予定だったのが30分以上遅れて19時前に出航。港の内側に向いて停まっていたのだが、まず180度旋回して港の出口へと船首を向けて出港する。写真はその半分、90度旋回し岸壁と直角になったあたり。
 長くなったので、続きは後程。

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 台湾と中国を結ぶ旅客航路については、ウェブサイト「フェリーで海外旅行へ行こう!」の台湾―中国航路のページが詳しい。中台航路のみならず、日中・中韓航路の情報も載っている。
 「中通之星」台湾側窓口である中国遠洋企業(台湾)=COSCO SHIPPING (TAIWAN)の関連ページ、中国側の厦门闽台轮渡有限公司 XIAMEN MINTAI FERRYのウェブサイトに元の情報がある。「中遠之星」はこの基隆―厦門間だけでなく台中―厦門、基隆―台州(大麦嶼)を日替わりで航路や停まる港を変えて往来している。

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2019年1月25日星期五

台北・飛機巷 -迫力ある飛行機の離着陸を間近に-

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 今回台北にワンタッチして訪れたもう1ヶ所も、やはり乗り物関係。台北・松山空港の滑走路すぐそばまで近づいて飛行機を見ることができる「飛機巷」という通りがあると聞いたので、行ってみることにした。

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 「飛機巷」というと、松山空港の滑走路の先端と直角に交わる濱江街180巷を指して言うようだが、今回は滑走路の延長上にある松江路581巷から滑走路へと近づく。MRT行天宮駅から松江路を北上し、行天宮を通り過ぎてさらに北上し民族東路との交差点も通り過ぎて中山高速公路が見えてきた手前に松江路581巷を示す表示があるので、そこで右折する。

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 松江路581巷。この先に祠があるが、特別なものはなにもない通りだ。








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 滑走路を目指して歩いていたら、早速国内線のプロペラ機が頭上を通り過ぎて行った。なるほど、確かに飛行機との距離が近い。







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 よく知られた場所なのだろう、滑走路周辺にはたくさんの人がいた。三脚で一眼カメラを構えている人もいたが、飛行機ファンや交通マニアという訳ではない普通の友人連れが多いような気がした。






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 滑走路の先端まで近づくことができる。この日は上の写真の通り飛機巷の上を通って着陸する運用のようだったが、(あってはならないが)着陸の失敗や逆の運用、即ち逆側から着陸した時のオーバーランや飛機巷から飛び立つ際の離陸失敗があったら逃げられない場所ではある。





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 有刺鉄線の向こうには駐機場が見える。離陸しようとする飛行機がこちらに向かおうという位置で待つ。








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 そうしているうちに中華航空(チャイナエアライン)のジェット機が着陸してきた。離陸する飛行機を待たせて着陸させる管制がよくわかった。







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 離陸する飛行機は飛機巷の目の前でUターンして離陸していく。先程のプロペラ機は、上のジェット機が着陸してしばし後に離陸。







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 その後には全日空のジェット機が着陸。ジェット機は日本や大陸との往来が多くあとは韓国との便と国内線が少し、というところだろうか。国内線のジェット機は高鉄(台湾新幹線)など鉄道の発達で減ってしまった。離島や台東を目指すプロペラ機が主要な国内線だ。





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 着陸。







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 エバー航空の羽田行きが離陸。離陸するときのジェット噴射はすざまじく、持ち物が飛ばされそうで立っているのが難しいほどだ。



 最後に、着陸するプロペラ機を撮影。実際には回っているプロペラが停まっているように見えてグライダーの着陸のように見えること、そして小さな飛行機だと揺れながら着陸していくのが印象的だ。あと飛行機をうまく撮影するのは難しい。

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